「転倒は要介護の引き金に」 高齢者のQOLを下げる「転倒」を防ぐために…簡単にできる「ながらトレーニング」

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 人生には転ばぬ先の杖が必要である――。健康寿命を延ばすためには、QOL(生活の質)を大きく損なう「転倒」を防ぐことが重要だ。そこで専門家が、「ながらトレーニング」「二重課題」「室内転倒」の三大ポイントを中心に、転ばないための新・生活術を指南する。【安保雅博/東京慈恵会医科大学附属病院リハビリテーション科主任教授】

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 健康寿命を延ばすためにはさまざまな壁を乗り越えなければなりませんが、私たちの前に立ちはだかる“敵”は、往々にして自身の中に潜んでいます。

 昔と違い、人生100年時代のいまは、定年を迎えてもすぐに「引退」とはならず、「現役生活」が続きます。それもあってか、「まだまだやれる」「自分は実年齢より脳も肉体も若い」と思い込んでいる人が少なくありません。

 脳も肉体も、加齢とともに衰えていくのに、自己認識は若い時代のまま。このギャップにより、思うように体を動かせず、昔だったら気にもならなかったちょっとした段差でつまずいたり、靴下を履こうとしてよろけて転倒してしまったりする。

 後ほど詳しく説明するように、転倒はQOLを著しく下げる要素です。転倒を防ぐことは、健康寿命の延伸に大きな影響を与えます。つまり、自身の中に潜む敵とは……。

 過去の栄光。

 昔の自分だったら余裕でできていた、まさかこんな簡単なことが自分にできないはずはない。まずはそうした思い込みを捨てることが、高齢者の健康にとっては極めて重要なのです。

要支援・要介護の原因疾患の第3位

〈こう説くのは、東京慈恵会医科大学附属病院の副院長で、リハビリテーション科診療部長兼主任教授の安保(あぼ)雅博氏だ。

 脳卒中後遺症を専門とし、多くの高齢者に「寝たきり予防法」を指南してきた安保氏が、いや応なしに体力が衰えてくる人生の後半戦を勝ち抜くための、転倒防止術を解説する。〉

 試しに、仕事の行き帰りにでも、近くに公園があったら少しだけでいいので「うんてい」にぶら下がってみてください。長い時間ぶら下がることができない自分にがくぜんとする人がいるに違いありません。

 仮にしっかりとぶら下がれたとしたら、懸垂をしてみてください。昔だったら難なくできたのに、下手をしたら1回もできないかもしれず、現実を知ることができるはずです。確実に、私たちの肉体は衰えているのです。

 こうして現実を把握し、過去の栄光を捨ててもらった上で、私はみなさんに「転ばないこと」の重要性を説明しています。

 東京消防庁管内において、日常生活で起きるさまざまな事故によって救急搬送された人の、ある年のデータを見てみると、全体の約14万4000人のうち半数以上が65歳以上の高齢者です。そして、事故による高齢者救急搬送の原因の8割ほどが転倒・転落で占められています。さらに、厚生労働省のデータでは、要支援・要介護の原因疾患の第3位は骨折・転倒となっています。

 転倒が高齢者のQOLをいかに損ない、その予防がどれだけ大事かが分かっていただけると思います。

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