描いたのは“新しい家族の在り方”だけじゃない 理想論で終わらせなかったから素晴らしい「海のはじまり」
2歳の時に生き別れたカメルーン人の父、分かるのは名前程度。詳細を聞こうにも、日本人の母は認知症。武内剛監督が父親捜しの旅に出るドキュメンタリー映画「パドレ・プロジェクト」を観た。あまりに無謀な旅だが、予想外の展開で、寛容で豊かな家族観を教えてくれたような気もする。
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ここ数年のドラマや映画では疑似家族や契約家族など、解釈を広げた家族観が描かれてきた。新しいと思ったのが「海のはじまり」だ。
主人公の月岡夏(目黒蓮)は、大学時代の恋人・南雲水季(古川琴音)の訃報を受けて葬儀に参列。そこで、水季には6歳の娘・海(泉谷星奈)がいたことを知る。
学生時代に妊娠した水季は人工妊娠中絶を選び、夏には同意書にサインを求めた。水季の意志は固く、夏に選択肢はなかった。その後、水季は突然大学を辞め、電話で一方的に別れを告げてきた。夏は困惑と失意、中絶させた罪悪感を抱えて、苦い失恋を経験したのだ。
ところが、水季は中絶せずに産んでいた。海は夏の子だったという青天のへきれき。水季の母(大竹しのぶ)や水季の元同僚・津野(池松壮亮)からは恨み節をぶつけられ、激辛に近い塩対応をされるも、夏は時間をかけて海の父になろうとする。
夏には年上の彼女・弥生(有村架純)がいるが、過去に中絶して、後悔と自責の念が強い。海の母親になろうと前のめりになるが空回り。劇中で最もツライ役回りを有村が切なく演じる。実は、見ず知らずの弥生の言葉で、水季は産むと決めた、という奇縁も描かれた。
南雲家では、娘の早逝にやりきれない怒りと悲しみがあったものの、夏の真摯な対応で変化が生まれた。一方、月岡家もやや複雑。夏の母・ゆき子(西田尚美)は、育児に主体性を持たなかった夫(田中哲司)と離婚。再婚したのは妻に先立たれた和哉(林泰文)で、息子・大和(木戸大聖)もいる。月岡家はそもそもステップファミリーだ。「ついていけない」という人のために、視点を海ちゃんに移そう。
幼くして母を失った喪失感は計り知れないが、青天のへきれきでも受け入れてくれる父(夏)がいる。祖父母も5人に増え、叔父(大和)もできた。父の恋人(弥生)も、母の元同僚(津野)も見守ってくれる。多数の大人に守られる安心感たるや!
ドラマの入口が予期せぬ妊娠を巡る選択だったので重くてツラいと感じた人も多いようだが、これは「子育ては多数の大人に頼る」という提案なのだ。海ちゃんが自分で選択できる人生で幸せになれれば、血縁があろうがなかろうが関係ない。区切らない家族の在りようを描いているわけだ。冒頭の映画も豊かな拡がりを感じる点が共通していた。
ただ、このドラマの長所は理想論を優しさに包むだけでは終わらせない点。弥生と津野が肌で感じる「外野の疎外感」も丁寧に拾っていく。本音を吐き出せなくなった大人が心の折り合いをどうつけるか、そこに感情移入させる妙もある。
令和の家族八景だな。絶景や佳景だけではなく、厳しさやむなしさもある家族の景色を、静かに眺めている。