僕と妹を捨て、男の元へ走った母は「元気にしてた?」とヘラヘラ… 涙がこぼれた“12年ぶりの再会“で残していったモノ

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26歳での“つまずき”

 大学を出て就職した孝紀さんが、人生につまずいたのは26歳のとき。職場の人間関係に振り回され、悩み、苦しみ、気づいたら出勤できなくなっていた。

「特にエリートでもありませんから、平社員でも楽しく仕事をしていければいいと思っていた。だから憧れていた業界に入ったんです。ただ、内部はけっこういじめ体質でしたね。体育会系といえばいいのかな。上司の命令は絶対だし、先輩にも礼を尽くさなければいけない。なじもうとがんばったんですが無理でした」

 追われるように退職したが、すぐに職探しはできなかった。小さなアパートで寝てばかりいると、外に出る気を失った。近くのコンビニに行く気にもなれず、冷蔵庫が空になっても動こうとは思わなかった。

「何もかも嫌になった。あんな無気力な自分は初めてでした。無職になったのをきっかけに、それまでの人生の膿みみたいなものが全部出てきたというか。つらいとか苦しいとかいう感じでもないんですよ。ただ無気力。そんな自分をダメだとも思わなかった」

ある日叩かれたアパートのドア

 1ヶ月ほどたって、ようやくのろのろと起きてシャワーを浴びてコンビニに行った。外がまぶしく、周囲の動きが速すぎてついていけない気分になったという。最低限の食料を買って、また自室にこもった。そんな生活が3ヶ月ほど続いたある日、突然、アパートのドアがドンドンと激しく叩かれた。

「グダグダ寝ていたので、開ける気もなかったんですが、かなりしつこいんですよ。チャイムがあるのになぜドアを叩くのかも不思議だった。借金があるわけでもないし、誰かに追われているわけでもない。しかたなくドアのスコープから見たら、女性らしき人が立っている。誰だかわからないままにドアを薄く開けたら、『タカちゃん!』って。びっくりしました。おふくろだった。12年ぶりくらいで会いました」

 母親はずかずかと入り込んでくるなり、「あなた、何してるの。ごはん食べてないんでしょ」と台所に立った。12年ぶりに会う母親が、いきなり自分の食事の支度をしようとしていることが、孝紀さんにはバカバカしく見えてきた。

「いいよ、出てってくれよと言ったんですが、おふくろは知らん顔して何か切ったりしてる。そのころ僕はオヤジとも連絡を断っていたので、おふくろはオヤジから何か聞いてきたんでしょう。追い出す気力もなかったので、僕はベッドにごろんと横になってうつらうつらとしていました」

 いい匂いがしてきて目が覚めた。母親がテーブルにおかずを並べていた。そういえば母の料理はおいしかったと彼は思い出した。

「不覚にも涙が出そうになりました。この人が原因で、案外大変な10代を送ってきたのに、なぜかこの人の料理に感激している自分が悔しくて。おふくろに、バカにするなよと言ったら、おふくろは『ちゃんと食べなさいよ』と言って、そのまま出て行きました。使った鍋やフライパンはきれいに洗ってあって、あげくテーブルには封筒が置いてあった。中には20万円ほど入っていました」

 母の背を追いたかった。だが体力も気力もなかった。思い直して、母の料理を口にしたら、ほんとうに涙がこぼれた、と彼は照れたように笑った。

 ***

後編】では孝紀さんが28歳年下の“二号さん”を囲うようになった経緯を紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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