「役作りは一生懸命やらない」と江口のりこが語る理由とは 「愛に乱暴」公開記念対談 吉田修一×江口のりこ
小説で描かれた桃子のユニークさ
吉田 『愛に乱暴』は新聞連載だったのですが、長編小説を連載すると、1年ぐらいの間、生活しながらずっと主人公が隣にいるんですよ。なんか行きたくなくても毎日会社に出勤するかのごとく、桃子に会いに行かなきゃいけない(笑)。江口さんのお話を聞いて、たしかに僕も桃子と仲良くなろうとは思ってなかったことに気が付きました。桃子と仲良くしようとしていたら全然違うタイプのお話になっていたと思います。
江口 映画は冒頭から不穏な雰囲気があって、桃子は真守が浮気しているのに気付いていて、真守も桃子が気付いていることに気付いているっていうところから始まりますが、小説は違うんですよ。夫の浮気を疑いながらも、気のせいだと思い込もうとしている。寝ている真守の腰に「夫」ってマジックで書いたりして……そういうところとか、すごく面白かったですね。桃子のユニークさは、小説でよりたっぷり堪能していただけると思います。
吉田 映画の桃子も魅力的でした。やっと手に入れた夫に捨てられてしまう役どころですが、かわいそうな感じは全然しない。しなやかな強さの方が目立っていますね。映画のラスト、破壊される家をバックにアイスクリームを食べるシーンが最高でした。
江口 ラストシーンは監督とかなりアイデアを出し合いました。あっけらかんとしていたかった。それで、アイス食べればそんな雰囲気が出るかな、となった気がします。
「原作の方が面白い」という悩みから解放された瞬間
吉田 予告編を観た時の印象が、映画本編を観終わったあとではまったく変わって驚きました。とても前向きな気分になれました。義理のお母さんとの関係に連帯感があるところも好きです。
江口 「原作の方が面白い」という撮影中盤まで抱えていた悩みが吹っ切れたのは、風吹さんのおかげでした。風吹さんは風吹さんで、役をやるにあたってどうすればいいかってきっと戦っていらしたと思います。そういう風吹さんを間近で見ていて、「この人と普通に芝居してれば、もう映画の『愛に乱暴』になるじゃないか」って気が付いたんです。その時に小説に頼るのをやめました。風吹さんが本当に桃子のことをよく見てくれていて、桃子をどこかで救ってあげたいという気持ちが芽生えたようで、彼女のアイデアで追加されたシーンもあります。
吉田 あのシーン、すごく良かった。決して仲良しこよしじゃないけど、同性同士の一番深いところでつながっているという……これまで見たことのない嫁姑の形でした。それは夫の愛人も同じで、ほんの一瞬だけ触れ合うというような同性同士の関係性が、小説では書き切れなかったなと思いました。江口さんが○○を振り回して××する姿に匹敵する、この映画の見どころですね。
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