「役作りは一生懸命やらない」と江口のりこが語る理由とは 「愛に乱暴」公開記念対談 吉田修一×江口のりこ

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「本当に困ってしまって…」

江口 『愛に乱暴』が刊行されたのも11年前なんですね。小説を読んだ時、すごく面白い作品だと思いました。桃子は、大変なピンチに立たされてるのに、家でぽつりと独り言言ってクスクス笑ったり、なんか憎めない人なんですよ。夫の浮気相手が住むマンションを電車に乗って訪ねる緊迫した場面で、「荒川を越える時の爽快な気分が忘れられず、今日も楽しみにしている」と書かれている。楽しみにする!? そんな場合じゃないでしょ……みたいな、面白い描写がたくさんあって、つい笑っちゃいました。ところが脚本では、そういう部分が削ぎ落とされて、ストイックでシンプルなものになっていた。小説には、魅力的な登場人物がいっぱい出てくるのに、そういう人たちも出てこないから、あれもない、これもない、どうしようって本当に困ってしまって……。

吉田 小説は薄めだけど文庫で上下巻本ですからね。映画にするためには、桃子の話にフォーカスするのが一番よかったと思います。小説の中に、自分がとても気に入っている場面があって、それが脚本で削られていたのにはちょっとがっかりしたのですが、完成試写を観たら復活していて、江口さんがイメージ通りの桃子を演じてくださっていた。

「小説を読んだ時の思い出に浸っていてはダメだ」

江口 桃子がホテルで夫・真守(小泉孝太郎)の愛人(馬場ふみか)に引き合わされる場面じゃないですか。

吉田 そうそう、愛人の妊娠を告げられた後、伸ばした手を真守に振り払われて、桃子の腕がぶらぶら揺れ続ける場面。桃子って、シリアスな状況になればなるほど、おかしみが出てしまう人なんです。

江口 本当は面白い人なんですよね。今回の撮影は、監督をはじめ周りのスタッフさんは男性が多かったんです。撮影が進むにつれて、私自身が桃子の味方になってしまったせいか、“この男たちは、夫の愛人に子供ができて捨てられそうになっている桃子のことを「かわいそう」っていう目で見てる”って感じるようになってしまって……。私にとってはそうじゃないのですが、それを言ったところで「じゃあ、どうします?」と聞かれても困る(笑)。だから、どうにかこの脚本の中で面白く体を使えるところがないかをずっと考えていました。撮影の中盤ぐらいまで、いつも小説をカバンの中に入れて撮影の度に読み直し、原作がこうだからこの動きやってみようかな、とか考えながら。でも、ある時ハッと「それではダメだ!」と。いつまでも小説を読んだ時の思い出に浸っているんじゃなくて、それを捨てて映画としての「愛に乱暴」を作らなきゃいけないって強く思いました。それで焦っていた時――昨年8月の、とびきり暑かった日に、吉田さんが撮影現場にいらっしゃった。

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