「このままでは日本は“パンク”する」後手に回る対策…「オーバーツーリズム」をどうすれば解決できるのか

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拝観料を7倍に

 このように「ハードル」を上げることで、インスタ映えだけを目的にするようなリテラシーの低い観光客を排除する効果が期待できます。同時に、パラオ政府の観光に対する「強い思い」を発信することにもつながっているのです。

 台湾にパラオ、さらには先に紹介したハワイの対策を、日本でできない理由はありません。事実、日本でも成功例はあります。

 1977年に、今で言うオーバーツーリズムに悩まされていた京都の西芳寺、通称、苔(こけ)寺は、多い日には1日9000人も殺到していた参拝客の数を最大で200人までに制限し、また400円に過ぎなかった拝観料を一気に3000円の参拝冥加(みょうが)料とする値上げを行いました。それだけではなく、往復はがきでしか予約できず、来たら必ず写経をしなければならないといったハードル(不便さ)を設けたのです(現在は、オンラインでも予約可能)。

 その結果、良質な参拝客だけが訪れるようになり、1994年にはユネスコの世界文化遺産に登録され、スティーブ・ジョブズに愛されたように、外国人観光客にも広く親しまれるようになりました。

 この苔寺の対策は、今後のオーバーツーリズム対策を考える上で、大きな参考になるでしょう。

「行政」に任せるのは限界

 では、なぜ苔寺はこのような大胆な対策を取ることができたのでしょうか。それは苔寺が私有地であり、民間だったためです。つまり、苔寺自らの判断だけで、ハードルを設置することが可能だったのです。

 これに対して、自然観光地や都市部の観光スポットには、国、自治体、民間と、あらゆる利害関係者が絡んでくるため、思い切った対策に踏み切るのが容易ではないという現実が存在します。利害関係者間の複雑な調整を、「行政」にこれからも任せるのは限界があるように思います。

 ならば、今こそ「政治」の出番ではないでしょうか。総理大臣、環境相、国交相、首長。政治家の強いリーダーシップによって複雑な利害関係を調整し、大胆かつ高いハードルを設け、今後も日本が選ばれ続ける良質な観光をつくり出していく。

 これができてこそ、初めて「観光立国」と言えると思うのです。それなしで数を追い求めるだけでは、日本の貴重な自然や文化が切り売りされ、大事な成長産業である観光業が「負のスパイラル」に陥りかねません。

 本気で6000万人を目指すのであれば、政府は後手後手ではなく、予防的な対策を加速させるべきでしょう。それは、観光に懸ける日本の本気度を世界に示すことにつながるはずです。

田中敏徳(たなかとしのり)
九州大学アジア・オセアニア研究教育機構准教授。1983年生まれ。京都大学大学院修了。博士(地球環境学)。ユネスコ本部世界遺産センター、ユネスコ日本政府代表部で在外研究を行い、東京大学大学大学院新領域創成科学研究科准教授などを経て現職。国内47都道府県全てに足を運び、世界60カ国以上を訪問している。『オーバーツーリズム解決論 日本の現状と改善戦略』(ワニブックス「PLUS」新書)の著書がある。

週刊新潮 2024年8月15・22日号掲載

特別読物「本気で『訪日客6000万人』を目指すのか 『オーバーツーリズム』を解決せよ」より

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