「寅は、けえります」 撮影で訪れた温泉宿を去る渥美清の“粋過ぎる”一言、当時のスタッフが回顧

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「寅は、けぇります」

 撮影を終えて、渥美が「鶴霊泉」から出発する時のこと――。玄関に皆がそろい、お見送りをしようと待っていると、渥美が階段を下りてきた。

 彼は靴をはき、立ち上がる。すると、半身ほど振り返り、右下斜め45度にスッと視線を落とし、横顔を見せて、

「寅は、けぇります」

 そう、一言を残して去って行った。「お世話になりました」「また来ます」といった月並みな別れの言葉を交わすのではなく、世話になった地元の人々のためだけに、“車寅次郎”として、あのしみじみとした温かみのある口調で「寅は、けぇります」とだけ言い残す。喜劇役者の“粋”が発揮された名シーンだった。

山崎まゆみ(やまざきまゆみ)
温泉エッセイスト。1970年新潟県生まれ。跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)。内閣府「クールジャパン・アカデミアフォーラム」や国交省、観光庁の観光政策会議に有識者として参画。9月6日『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)発売。

週刊新潮 2024年8月15・22日号掲載

特別読物「宿帳が語る『スター』“裸”の素顔」より

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