「寅は、けえります」 撮影で訪れた温泉宿を去る渥美清の“粋過ぎる”一言、当時のスタッフが回顧

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 来年は「昭和100年」。その節目を記念して、時代を彩ったスターたちと温泉をテーマにした一冊『宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人』(潮出版社)が刊行された。著者である山崎まゆみさんが、宿の主人や女将(おかみ)たちから聞いた秘話を厳選。撮影で訪れた渥美清が見せた、喜劇役者としての粋な姿を当時のスタッフが回顧した。【山崎まゆみ/温泉エッセイスト】

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古湯温泉「鶴の恩返し よみがえりの宿 鶴霊泉」(佐賀県)

 平成元(1989)年の11月8日から11日の3泊4日の日程で、「男はつらいよ」シリーズ42作目の「ぼくの伯父さん」のロケのため、主演の渥美清、吉岡秀隆やマドンナ役の檀ふみと後藤久美子、それに山田洋二監督ら一行が、佐賀県古湯(ふるゆ)温泉「鶴霊泉(かくれいせん)」に宿泊した。

「鶴霊泉」の小池英俊会長がその時の様子を話す。

「映画でのフーテンの寅さんは威勢よくたんか切るじゃないですか。でも渥美さんご本人は本当に物静かで、物腰柔らかな人なんです。寅さんとはまったく別人で、私なんて、最初はその違いに拍子抜けしました。本当に正反対なんだから」

 滞在中、撮影が休みだった日はといえば、

「渥美さんはずっと客室で本を読んで、静かに過ごしていました。浴衣ではなく、ご自身が持ってこられたスウェットの上下でくつろがれていました」

「私たちの前で辛そうな顔は見せなかったですが…」

「男はつらいよ」は、本作から吉岡演じる甥の満男を主軸にしているが、一説には渥美の体調の変化によるものと伝えられている。

「私たちの前では辛そうな顔は見せなかったですが、顔色は悪かった。調子の悪さを決して表に出さない姿はプロフェッショナルだなと思いました。ただね、吉野ヶ里遺跡や小城(おぎ)の方に撮影に出かけて、夕方に帰ってきた時は、本当に体調が悪そうで、辛そうでした」(同)

 食事は通常の旅館料理を食べたのだろうか。

「事前に、『食べ物には注意してあげてください』と言われていましたので、渥美さんに食べたいものを聞きましたら、『野菜が食べたい。芋類が好き』とおっしゃいました。夕食には名物料理の鯉の洗いの他に、芋の煮付けやゆがいたかぼちゃ、あとはこの辺で採れた新鮮なトマトを生で出しました。野菜そのものに味がついていますからね、あまり味付けはしなかったです」

 小池会長は、渥美の甘味好きを聞きつけて、

「手作りのおはぎを出しましたら、とても喜んですべて食べてくれました。また、女将が毎朝、温泉で入れた珈琲を振る舞っていましたが、渥美さんは好んで飲んでいました」

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