「無理を言わない志村さんが唯一頼んできたことは…」 志村けんが毎年訪れた福井の温泉宿、女将が明かす飾らない素顔

エンタメ

  • ブックマーク

混みあう年末年始を避ける気遣い

 ただ「べにや」では、子ども好きの一面を見せた。

「うちの子どもたちをかわいがってくださいました」

 と、女将が見せてくれた写真には、志村と子どもたちがじゃれあう姿がある。

「うちの4人の子どもにお年玉を下さいました。名前を入れたぽち袋まで用意してくださったんですよ。子どもたちも大喜びです」

 女将は、志村の人柄を語り続ける。

「志村さんはご自分のことはご自身でやられましたが、仮に私に何かを頼まれたとしても、『俺のことを先にやって』とおっしゃる方ではありませんでした」

 混みあう年末年始ではなく、少し落ち着く1月3日か4日に来ることにも、気遣いが表れている。

 女将はこうも言う。

「うちでお正月を過ごすことを恒例としているお客様に割って入り、予約されることはありませんでした」

「再建したら必ず一番最初に行くからね」

 決して無理を言わない志村が、唯一、女将に頼んでくることがあった。

「お帰りになる時に、必ず私に『女将、来年は雪を降らせておいてね』とおっしゃるんです。私が『はい、かしこまりました』と申しますと、安心したようにほほ笑まれました」(同)

 希代のコメディアンが定宿にした「べにや」は明治17(1884)年創業。3000平米の日本庭園を囲む2階建ての建築物は国の登録有形文化財に指定されていたが、平成30(2018)年に火災が起きて全焼。志村は「再建したら必ず一番最初に行くからね」と、わざわざ電話をかけてきた。

 しかし、再建には3年かかり、令和2(2020)年にコロナで亡くなった志村の再訪はかなわなかった。

山崎まゆみ(やまざきまゆみ)
温泉エッセイスト。1970年新潟県生まれ。跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)。内閣府「クールジャパン・アカデミアフォーラム」や国交省、観光庁の観光政策会議に有識者として参画。9月6日『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)発売。

週刊新潮 2024年8月15・22日号掲載

特別読物「宿帳が語る『スター』“裸”の素顔」より

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。