真面目な女子大生はなぜ大量の「幻覚キノコ」を摂取したのか…麻薬取締官が「もはや人体実験」と絶句した壮絶な現場

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「メキシカンBZ錠剤」とは?

 メキシカンとは、「Psilocybe cubensis(シロシベ・クベンシス)」という学名のキノコの俗称で、和名は「ミナミシビレダケ」という(国は2002年に幻覚キノコ類を麻薬原料植物として規制。国内で13種、海外で52種の存在が確認されている)。

 日本国内に自生するミナミシビレダケは、牛糞や馬糞を菌床とすることが多いため、自宅で栽培するのは難しい。私は自生キノコの生育調査にかかわったことがあるが、牛糞などに生えるミナミシビレダケには線虫のほか、ダニのような小さな虫が寄生しており、乾燥の段階で傘裏のヒダから這い出てくる。ヒダに傷がつくと、紺色の液汁が染み出てくることもあり、この様子を目の当たりにすると、ふつうの感覚ではこのキノコを食べる気は起こらないはずだ(実は、著者が知る中に、過去にこのキノコを食べた男はいた。その後、男は幻覚に加えて下痢と嘔吐で苦み続けたが……)。

 一般的に密売されているマジックマッシュルームは、そのほとんどが栽培キット(菌床と栄養剤がセットになったもの)を密輸して栽培したものだ。室温や湿度の調整、水やりや収穫時の乾燥など、手間暇はかかるが、上手く育てれば3~4週間で収穫できる。我々はこれを“人工栽培品”と呼んでいる。

 一方、この件では、部屋から「BZ」と記されたポリ袋に入った錠剤が発見されている。BZとはBZDとも略される“ベンゾジアゼピン系”の向精神薬で、催眠・鎮静・抗不安剤として使われる。睡眠薬の場合は、超短時間型、短時間型、中間型、長時間型と持続時間によって、4つのタイプに分類されるが、発見した錠剤は著名な中間型の処方薬だった。これを砕いてキノコに混ぜたものが「メキシカンBZブレンド」でないかと私は推測した。どんな効果を狙ったのかは分からないが、いずれにしても恐ろしい話だ。

常軌を逸した「人体実験」

 しかも、彼女が摂取したキノコの量は尋常ではない。個々のキノコが含有する麻薬成分の量にもよるが、メモのとおりカプセル10個(発見したのは1号規格のカプセル。1号なら最大600ミリグラムの粉末が充填可能とされる。すり潰せばキノコでも500ミリグラムは充填できるだろう)ならば、彼女は5000ミリグラム(5グラム)近くのキノコを摂取したことになる。もはや常軌を逸した「人体実験」と呼んでも過言ではない。

 人口栽培の乾燥キノコ(メキシカン)は、1グラムもあれば効果を感じることができ、2.5グラムを超えれば強烈な幻覚に見舞われるとされている。

「彼女はどうしてこんな大量に、それも睡眠薬入りのマジックマッシュルームを摂取したのか?」

 メモから察するに自殺を試みたのではないか、と私たちは考えざるを得なかった。

第2回【「彼に幻想、キノコで幻覚、気づけば病院……」 マジックマッシュルームの“味見役”にされた女子大生の悲劇】では、彼女が交際していた男から受けた信じ難い仕打ちの数々が明かされる。

瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。

デイリー新潮編集部

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