「南海トラフ地震」1週間以内の発生確率は0・5%で「根拠は政府が寄せ集めたデータ」…真夏の列島を震撼させた「臨時情報」の知られざる真実

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国家プロジェクトになった地震予知

 臨時情報は、地震予知を前提にした「大規模地震対策特別措置法」(大震法)の流れをくむ制度だ。大震法は、「駿河湾を震源としたマグニチュード8クラスの巨大地震がいつ起きても不思議ではない」という東海地震説を受け、1978年に制定された。東海地震の前兆現象を捉えると、総理大臣が「警戒宣言」を出し、新幹線を止めたり、学校や百貨店などを閉じたりして地震に備える。

 法律制定により地震予知は国家プロジェクトとなり、関係省庁や地震学者が大いに潤った。東海地震の震源を中心に観測機器が多数設置され、検討委員に選ばれることは地震学者としての成功を意味した。

 ところが、95年の阪神大震災が予知できなかったことを契機に、地震予知への批判が高まり、政府は代わりに統計的に予測する「地震予測」にかじを切ったかのように見えた。ただ、内実を見ると看板をかけ替えたに過ぎなかった。

 地震予知が不可能にもかかわらず、大震法は40年以上続いている。2016年の見直し検討時、新聞の社説などでは、その矛盾から廃止を求める声が上がったが、結局廃止されず、警戒宣言の代わりに臨時情報を生み出した。

地震ムラの維持のため?

 なぜこのような不可思議な経緯を歩んだのか。16年に政府から座長就任を要請され、辞退した関西大の河田恵昭・関西大特別任命教授(防災・減災学)が23年に筆者の取材に答えている。

 河田氏は「見直しの目的は訴訟回避にあっただろう」と振り返る。大震法の枠組みでは、予知ができることになっている。それにも関わらず、南海トラフ地震が予知情報なく突発的に発生し、対応が後手に回ったら、予知を怠ったとして政府の不作為が問われる可能性もあったという。

「熊本地震(16年)の規模でも対応はパンクした。南海トラフ地震が起きたらもっとすさまじいことになる」

 そこで、河田氏は内閣府の防災担当幹部と話し合い、「東海地震は予知できないことにしないと駄目だぞ」と助言したという。だが、政府の最終提案は臨時情報を作り、大震法を残すというものだった。

「予知体制を維持するために科学的根拠もない臨時情報を出すべきではないと私は座長を辞退した」

 政府はなぜ大震法の廃止を避けたのか。河田氏はこう見ている。

「大震法は議員立法だが当時の政策立案者はもうおらず、廃止となれば今の担当局長や参事官が矢面に立たされる。彼らは2年も経てば異動なので、それまで耐えればよかったのだろう」

「日本の地震予知130年史」を書いた科学ジャーナリストの泊次郎氏は、大震法を残すことで、各省庁はいつまでも予算と人員を確保できるし、国の委員となっている有力な地震学者は予算の配分に影響力を持てると指摘する。

「大震法の廃止なんてはじめからできるわけがなかった。これで各防災機関や有力な研究者が既得権益を尊重し合う地震ムラの構造は維持された」

小沢慧一(おざわ・けいいち)
1985年名古屋市生まれ。大学卒業後、コスモ石油株式会社を経て、2011年中日新聞社(東京新聞)に入社。名古屋社会部などを経て東京本社(東京新聞)社会部。同部では東京地検特捜部・司法担当、科学班などを担当。南海トラフ地震の確率問題を追究した一連の報道は、20年に「科学ジャーナリスト賞」、23年に「菊池寛賞」を受賞。24年には「新潮ドキュメント賞」最終候補に選ばれた(選考中)。著書に『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)がある。

デイリー新潮編集部

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