「南海トラフ地震」1週間以内の発生確率は0・5%で「根拠は政府が寄せ集めたデータ」…真夏の列島を震撼させた「臨時情報」の知られざる真実
味噌もクソも一緒のデータ?専門家が臨時情報に疑問をもつ理由とは
「不確実な災害リスク情報であっても、その情報を防災に生かしたい」として議論が重ねられた臨時情報。社会に大影響を与えるにも関わらず、それを支える根拠があまりにも薄弱なことから、検討時から専門家からは同様の疑問の声が上がっていた。
名古屋大の鷺谷威(さぎや・たけし)教授(地殻変動学)は、臨時情報の根拠となっている統計について「政府が寄せ集めた味噌も糞も一緒にしたデータ。学術的意義は低い」と指摘する。
臨時情報(地震注意)が基づく統計とは、1904~2014年に発生した世界の地震データで、マグニチュード(M)7の地震後、7日以内にM8以上の地震が起きた例は1437回中6回としている。
だが、これらの事例は南海トラフのような「海溝型」だけでなく、さまざまなメカニズムの地震を含んだものだ。観測精度の信ぴょう性に疑問もある。観測データに一定の質が担保されるのは、一般的に1970年代以降だとされるからだ。
「この統計は、大きな地震の後にはまた大きな地震が起きやすいという地震学の常識を表しているに過ぎない」(鷺谷教授)
想定死者数は13倍に
臨時情報は想定震源域の中で、定められた規模を超える地震が起きれば呼びかけが出されるが、この想定震源域の範囲自体にも科学的な問題があるという。現在の想定震源域は2011年3月の東日本大震災後の12年に見直されたものだが、“想定外”の事態に対する国民の恐怖心が非常に高まっている時期に策定されたもので、当時から専門家からは「やりすぎ」「科学的ではない」と批判があった。
東日本大震災後は、南海トラフ地震の被害想定を出すための前提が「歴史上最大(ありえる最大)の地震」から「考えられる最大の地震」に拡大された。「科学的に否定できないものはすべて採り入れる」という方針のもと、03年に比べ想定範囲の広さは2倍、想定死者数は13倍に膨れ上がった。
検討時、政府の委員だった橋本氏は振り返る。
「過去に南海トラフ地震の想定震源域でこのサイズの地震が起きた記録はなく、『東日本大震災が南海トラフで起きた場合』を当てはめた」
政府は地震学者の委員たちに、想定された被害を出す巨大地震が起きる発生頻度を出すよう求めたが、「どう考えても出せない」と拒否した。そのため、発生頻度は「千年に一度かそれより低い」という表現に抑えられた経緯がある。
8月8日に起きた地震の震源域である日向灘の西側は、こうして想定範囲の中に含まれるようになったエリアに当たる。京都大防災研究所の西村卓也教授は過去の日向灘の地震が南海トラフに影響を与えたとする研究はないといい、「今回の地震が南海トラフ地震を引き起こすとは考えにくい」と説明する。
鷺谷教授は指摘する。
「想定震源域自体あまりしっかりした根拠がない。その線の内側か外側かだけで南海トラフ地震の発生可能性を判定しても、科学的にあまり意味はない」
注意情報が想定するように、M7の地震の後に、その震源の一定の範囲内でM8の地震が実際に起きたケースは南海トラフでは知られていない。だが、東日本大震災では3月9日にM7・3の前震が起き、その2日後にM9の地震が発生した。安政地震(1854年)や、昭和東南海地震(1944年)では、今回の注意情報より一段警戒度が高い「巨大地震警戒」が呼び掛けられる「半割れ」ケース(南海トラフ震源域の半分でM8級の地震が起きるケース)が発生している。
こうした教訓から備えを再確認する意義はある。だが、それはあくまで防災的な判断だ。臨時情報は政府が情報を出すだけの立場で、対策のコストや損失はそれぞれが負うからこそ、「科学的に確度の高い情報ではない」こともセットで伝えることは、的確な判断をする上で不可欠だろう。
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