「死にたい気持ちを忘れるために店を再開」 能登半島地震で妻子を失った居酒屋店主が語る決意 「自力で調査してビル倒壊の理由を明らかにする」

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「がんばれー! がんばれー……」。今年1月1日、石川県輪島市の市街には、救急隊員の悲痛な声がこだましていた。能登半島地震で倒壊したビルが隣の居酒屋を住人ごと押しつぶしてしまったのだ。犠牲になったのは2人の女性。それから7カ月、店主の楠健二さん(56)が、ある“決心”を吐露した。

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「(家族と家を一度に失ったのだから)年内は仕事なんてできないと考えていました。でも、何もしないと時間が空く。そうなると、たぶん死にたくなる。そういうことが何度もありました。でも、私には他にも残った子供(長男と次男、次女)がいるから、そのためにも生きていかなければなりません。だから店を再開したのです」

 そう振り返る楠さんの店「わじまんま」は、神奈川県川崎市の京急川崎駅からほど近い場所にある。輪島の地元料理や地酒を出す居酒屋だ。

「復興中」の木札を掲げ……

 能登半島地震では7階建ての五島屋ビルが根元から倒壊した映像がニュースになったが、そのビルに押しつぶされたのが隣接する楠さんの自宅兼店舗だった。家にいたのは楠さんと妻の由香利さん、長女の珠蘭(じゅら)さんら家族5人。地震直後、珠蘭さんはまだ会話ができたが、救出がかなわず翌日に死亡。由香利さんも亡くなった。

 生き残った楠さんは、6月10日、昔住んでいた川崎に輪島と同じ店名の「わじまんま」を開店。午後5時半になると「復興中」の木札を掲げる。

「川崎の人は優しいし、こちらに住んでいる石川県出身の人も結構な頻度で来てくれています。一方、川崎の店を開けてから輪島には戻れていません」

 それには理由がある。

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