“男子高が女子の入学を拒む”のは不適切? 暴力的な「共学」要求が子供たちの未来を潰す

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たった一人の苦情の暴力的な力

 埼玉県教育委員会が勧告を受け、8月末までに出さなければならない結論の行方が、いま注目を集めている。その勧告は、県の第三者機関である「男女共同参画苦情処理委員」が突きつけたもので、県内に12ある男女別学の公立高校を、早期に共学化するように迫る内容だった。

 きっかけは「苦情処理委員」の名のとおり、2022年4月に県民から、「県立の男子高校が女子の入学を拒んでいるのは不適切」という苦情が寄せられたことだった。それを受けて同委員は、県教委に対して「早期に共学化すべきだ」と勧告したのだ。

 たった一人の、もしかしたら私情や無知にもとづくかもしれない苦情が、「処理」されるのではなく、重大な勧告につながったのはなぜなのか。県内には当該高校の在校生や関係者をはじめ、共学化を望まない声も多数ある。それなのに、たった一人の苦情が力を持つ状況は、民主的とは到底いえない。一人の声が、少年少女たちの未来を育み、ひいては社会を育む学びの場に、甚大な影響を及ぼしかねないことに、恐ろしさを感じざるをえない。

 そこでまず、この勧告の内容について、疑問点を列挙したい。

 勧告書によれば、「申出の趣旨」は「埼玉県の男子高校が女子が女子であることを理由に入学を拒んでいる事」で、「女子差別撤廃条約に違反している事態は是正されるべきだ」とされている。だが、県内にある別学の公立高校12校のうち7校は女子高である。なぜ女子高が男子の入学を拒んでいることは問題にならないのか。しかも、男子の「入学を拒んでいる」女子高のほうが、男子高より多いのである。

 ちなみに「申出の趣旨」は、県民から寄せられた苦情の内容に沿っている。すなわち、苦情自体が大きな矛盾を来たしているのだ。にもかかわらず、「苦情処理委員」がそれと向き合って勧告につなげたのは、苦情の内容が、「苦情処理委員」が訴えたい主張と重なっていたからにすぎないのではないか、という疑問が湧いてくる。

「苦情処理委員」の願望の押しつけ

 勧告書には、2002年にも「苦情処理委員」が早期の共学化を求めた旨が書かれている。だが、そのときは埼玉県教委が検討した結果、「本県の別学校は、長い歴史と伝統を持ち、県民の高い評価と在校生、卒業生、保護者、あるいは地域住民の根強い愛着があり、強く支持されている」といった理由で共学化は見送られた。

 そこで、勧告書には今回、「歴史や伝統や主体性を尊重することと共学化は両立し得るものであり、歴史や伝統を重視したとしても、共学化をしなくともいい理由にはならない」と強調されている。また、「男女共同参画のために共学化が必要であるとの認識は、すでに社会共通の認識に成熟しているものと考えられる」とも記され、前回の勧告から20年以上を経て、機が熟したことが強調されている。

 だが、別学を存続させる理由として「歴史や伝統や主体性」を挙げた県教委には、熟慮が足りなかったと思う。別学のならではの価値は、別のところにあるからだ。

 一つは、異性を意識せず、自分がやりたいことに集中できることだ。思春期には、同じ空間に異性がいると気になって、好きなことに向き合えなくなる場合があるが、別学にはそういう懸念がない。異性を意識して個性や能力を発揮できない子を救うことができる。もう一つは、男女の発達差に応じた教育ができることだ。男女平等や共同参画をうたったところで、男女には厳然たる性差があり、性ホルモンも関係して発達にも男女差が生じる。その点、別学は性差を考慮したプログラムを組める。

 勧告書には、「公立学校における公共性をかんがみれば、やはり公的機関が性別に基づき異なった取扱いをなすのは大問題であり、公費で賄われていることも考慮されなければならない」とも書かれている。だが、公立学校が上記したような性差を認め、それに配慮した教育を行うことが、なぜ「大問題」なのか。

 この論理でいけば、たとえば、ジェンダーによって負い目を感じたり傷ついたりした子は、公立学校が救ってはいけないことになる。また、「性別に基づき異なった取扱いをなすのは大問題」であるなら、たとえば、体育や部活における男女別の競技も撤廃すべきだし、更衣室も男女で統一すべきではないのか。

 また、「男女共同参画のために共学化が必要であるとの認識は、すでに社会共通の認識に成熟している」とは、だれの認識なのだろう。「男女共同参画」とは、あくまでも男女がそれぞれ尊重し合い、性差によらず一人ひとりの個性や能力を発揮できることを指すはずである。そのために「共学化が必要」というのは飛躍した論理であり、それが「すでに社会共通の認識に成熟している」と決めつける根拠は薄弱である。「苦情処理委員」の願望を断定的に記しただけではないのか。

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