松本まりか「夫の家庭を壊すまで」に見た「不倫あるある」と「ないない」

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「愛した人に愛され続ける」という幻想

 ドラマに話を戻すと、みのりは渉に、母親のことや父親代わりの男性について聞いていくが「不倫って、そんなにいけないことですか」と言われ、激昂してしまう。そしてあろうことか、渉の父親代わりの男が自分の夫であることをぶちまけるのだ。相談している友人の女性弁護士には後から呆れられるが、みのりには耐えられなかったのだ――渉が自身の母親の生き方を肯定したことが。それは不倫を肯定することであり、みのりにとっては妻である自分が否定されることにつながる。そしてたったひとりの人と生涯愛し合うという、みのりの人生観を覆されることでもあった。

 夫の不倫相手の息子を、みのりはズタズタにしようとした。それなのに感情が高まって,自らすべてをぶちまけてしまった。みのりは,それ以上渉に接触することをあきらめ、塾講師も辞めてしまう。そんなみのりを、いつも優しく接してくれる勇大の母(麻生祐未)は心配してくれる。「お義母さんにだけは言えない」とみのりは弱音を隠して義母にずっと感謝していた。

 愛した人に愛され続けるのは、誰もが抱く理想の形なのかもしれない。そして誰もが、それは幻想に近いことも知っている。愛情は同じ輝きを放ち続けることはないし、人は単色ではなく複雑な色合いの心を持っているから、愛も変色していくものなのだろう。それでもやはり、人は愛を求めずにはいられない。裏切りもあり得るとわかっていながら、裏切られると冷静さは保てなくなる。

 みのりがそこまで不倫を憎悪するのは、自らが母の不倫によって産まれたという過去があるからだ。そしてその出生こそが、勇大や義母の「壮大な計画」の発端だった……。

 現在、5話目が終わったところなのだが、愛が裏切られた不倫への復讐という話から、みのり自身も知らなかった財産を狙われているという方向に走りつつあるようで、やや拍子抜けの感はある。とはいえ、みのりの17年間の一途な愛が、とんでもない方向に利用されたのはたしか。「愛」という名の下に、人は善良にもなるしこの上なく罪深くもなる。それは「金」も同じなのかもしれない。愛と金はどちらが勝つのか。人間にとって永遠の課題ではないだろうか。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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