甲子園の“判官贔屓”は今年も…金足農のミラクルを期待する「異様な空気」 “アウェー”となった西日本短大付の監督は何を感じたか?

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 甲子園には、時にきまぐれな“風”が吹く。「テレビでは今まで見てきましたが、こういうことなんだな、と」西日本短大付・西村慎太郎監督は、その初体験となる“アウェーの空気感”を、こんな言葉で表現してくれた。判官贔屓、というフレーズでまとめるのが、一番分かりやすいのかもしれない。【喜瀬雅則/スポーツライター】

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「Gフレア」に包まれた甲子園球場

 金足農との1回戦。西短付のエース・村上太一のテンポある投球は、8回まで被安打4の無失点という快投。打線も、2018年夏に「カナノウ旋風」を巻き起こし、準優勝に導いた右腕・吉田輝星(現オリックス)の実弟、2年生右腕の吉田大輝を攻め立て、8回までに6得点。22年ぶりの夏白星に、手を掛けて迎えた9回だった。

 6年前の夏、準々決勝の近江(滋賀)戦で、2ランスクイズでのサヨナラ勝利。マウンド上で右手を斜めに振り上げる吉田輝星に合わせ、仲間たちも同じ動きをする独特のポーズなど、多くの話題とドラマを生み出した伝説のチーム。高校野球ファンの間で、その人気も知名度も、もはや全国区だ。

 だからなのか。ラストイニングの9回、金足農の“意地の攻撃”を、どこか後押しするような空気が、自然発生的に生まれてきた。

 甲子園のスタンド中から、歓声が湧き起こる。金足農のブラスバンドが奏でるのは、プロ野球・巨人のチャンステーマでもある「Gフレア」。強弱のついた、そのテンポある曲に甲子園全体が包まれると、あっという間に“カナノウの空気感”に変わってしまった。

 西短付が、その異様な空気に呑まれてしまうのも仕方がない。
 
ヒット、ヒット、ヒット、犠飛、失策、ヒット。

 スコアボードに、あっという間に「4」が刻まれた。6点リードが、わずか2点差にまで追い上げられた。まだ1アウト。こうなると、金足農のミラクルを期待する雰囲気が、さらに盛り上がってしまう。

球場中が敵になったかのようなアウェー感

 ただ、選手たちも、西村監督も“冷静”だったのには、ちょっとした準備があった。試合前夜、宿舎で選手たちが確認したのは、6年前の夏の金足農の試合映像だった。

 その時も、甲子園のスタンドには「Gフレア」が流れていた。

「みんな聞いていたと思うんです。怖い部分もありましたけど、動揺はなかったです」

 村上は、2点差に追い上げられた1死一塁でけん制悪送球もあったが、その後を空振り三振、四球、二ゴロで切り抜けた。大逆転を許すという悪夢こそ避けることができた。

 しかし、西短付の選手たちにとっては、何とも酷な時間でもあった。

 あの時も、そうだった。

 2016年の夏。2回戦で東邦(愛知)と八戸学院光星(青森)が対戦した。7回表の時点で、八戸学院光星は7点のリードを奪っていた。東邦も終盤に追い上げたものの、9回裏を迎えたところでは4点のビハインド。そこから、東邦の大逆襲が始まった。

 東邦のブラスバンドの軽快な演奏に乗って、チャンスが広がっていく。得点差が縮まっていくにつれ、球場中で拍手が巻き起こり、観客の頭上でタオルが振り回された。

 その雰囲気を、観客たちが楽しんでいるのも分かった。ただ、八戸学院光星の選手たちにとっては、球場中が敵になったかのようになった。これではたまらない。

 後の取材での原稿を、改めて見返してみた。ある選手のコメントが、実に印象的だった。

「最後は、グラウンドの9人だけで野球をやっていました。僕らのベンチ上のお客さんもタオルを回していました。光星の応援も聞こえましたけど、球場全体で10人くらいに感じました」
 
 その“孤立感”が、八戸学院光星の選手たちに大きな影響を与えたのは間違いない。東邦が5点を奪っての大逆転サヨナラという、非情の結末が待っていた。

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