夏の甲子園、「チームの勝利」と「選手への愛情」の狭間で…有田工と熊本工、二人の監督の“投手起用を巡る重い決断”

スポーツ 野球

  • ブックマーク

「投げさせてやりたい」という親心

 梅崎監督は、石永が滋賀学園の9番打者・杉本晴基を0ボール2ストライクと追い込んだところで、1年生左腕・田中来空を投入するという、異例の状況で交代を決断した。

「ちょっとピッチャー有利のところで出してやろう、というところで考えたことです」と梅崎監督。それでも、1年生には酷な場面だったのは間違いない。ラスト2イニングで6失点。「自分が我慢して投げられればよかったんですけど……」と石永。服用していたという痛み止めも「効かなかったです」。痛みに耐えてのマウンドは、残念ながら実を結ばなかった。

 手負いのエース。しかし、公立校ゆえに、力のある2番手投手を備えておくということも難しいのはよく分かる。そして、最後の夏の大舞台。梅崎監督の言葉はそれこそ、一時代前には当たり前のように聞いた“起用理由”でもあった。

「ずっとここ数日、調子がよくないのは分かっていたんですけど、それでも県大会、あいつで勝ってきたので、この舞台でまず投げさせるというところでいったんです」

 梅崎監督が、その親心とチームの勝利との間で苦しんだのは間違いない。何とか投げられるというレベルの痛み。だから、投げさせてやろう。決して皮肉でも何でもなく、それで負けても、チーム内からは異論は出ないだろう。その指導者としての“苦渋の決断”を私は否定したくないどころか、むしろ尊重してあげたいと思うのは、甘い見方なのだろうか?

選手の将来を考えての「非情なる決断」

 この有田工と、いわば対極のところにあったのが熊本工だろう。

 プロのスカウト陣からも注目されていたMAX146キロ、1メートル82の大型右腕・広永大道が、熊本県大会の初戦でわずか1イニングを投げただけで戦線離脱。右肋骨の疲労骨折が判明し、その後の登板はできなかった。

 そのエース不在の大ピンチに、2年生の右腕・山本凌雅が台頭、その山本の奮闘で3年ぶりの甲子園出場を勝ち取った。

 甲子園のベンチ入りメンバーは20人。これまでのチームへの貢献度を踏まえ、さらには最後の夏。伝統校で『エース』の看板を背負ってきた広永に2桁の背番号を与えて、ベンチに入れるという配慮を寄せたところで、どこからも批判されるようなことなどないだろう。

 しかし、田島圭介監督は甲子園のベンチメンバーから広永を外す決断を下し、今月2日の開幕前に行われた甲子園練習でも、試投のマウンドにすら広永はいなかった。

「甲子園は、簡単な試合なんて絶対にないので、そこは投手の厚みを増すというところで一番いい3人、ないしは4人をベンチに入れます。このチームは、ピッチャーだけじゃなくて、一番いい選手を投手、野手含めて起用します。広永は、県大会初戦で1イニングだけ投げたんですが、そこからは投げていない。一番つらい思いをしているのは彼ですから」

 監督としての、非情なる決断。しかし、プロにも注目されるような逸材ゆえに、無理を強いるべきではないというのは、広永の将来を考えても大事なことだ。そして、チームとして勝つために、状態のいい選手を使う。それも、チームを預かる者としての責務だ。

 熊本工は初戦となった8月12日の2回戦で、優勝候補の一角・広陵を相手に、1―2で惜敗したが、最後の最後まで大接戦を演じた。「荷が重い、というのはありました」と甲子園のマウンドで初めて「1」をつけた2年生右腕・山本は、9回途中までマウンドを守り続けたが、その山本が使っていたのは、広永から譲り受けたグラブだった。

 そして広永は、審判にボールを渡したり、ファウルボールを拾ったりする「ボールパーソン」として、一塁側ベンチの脇に座っていた。
 
 甲子園のグラウンドに“立たせる”。これも田島監督が見せた、最後の親心でもある。

 恐らく、2人の監督の決断には、様々な意見があるだろう。「感傷的すぎる」と見る向きもあるだろう。しかし、どちらの監督が正しいとか、間違っている、という、その二項対立で議論する話ではないのではないかと、私は思う。

 チームとしての勝利と、選手への愛情。その狭間で、監督も揺れるのだ。

 これも『甲子園』だ―。

喜瀬雅則(きせ・まさのり)
1967年、神戸市生まれ。スポーツライター。関西学院大卒。サンケイスポーツ~産経新聞で野球担当として阪神、近鉄、オリックス、中日、ソフトバンク、アマ野球の各担当を歴任。産経夕刊連載「独立リーグの現状 その明暗を探る」で2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。産経新聞社退社後の2017年8月からは、業務委託契約を結ぶ西日本新聞社を中心にプロ野球界の取材を続けている。著書に「牛を飼う球団」(小学館)、「不登校からメジャーへ」(光文社新書)、「稼ぐ!プロ野球」(PHPビジネス新書)、「ホークス3軍はなぜ成功したのか」、「オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年」、「阪神タイガースはなんで優勝でけへんのや?」、「中日ドラゴンズが優勝できなくても愛される理由」(以上いずれも光文社新書)

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。