「くやしいか」と問いながら……「虎に翼」で話題「尊属殺人罪」5人の子を産まされた娘はなぜ実父の首を締め続けたのか

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“性欲”を優先

《職場の仲間が恋愛だとかデートだとか青春だとか、幸せそうな話をするのです。私は父との関係を恥じて家に閉じこもり、恐ろしい父を持ったことを運命だと諦めて、自分から世間との交際を避けてきたのですが、そんな話を耳にするにつけ、父に犯され続けてきたことが不幸であったとつくづく思われました。今からでも青春がほしい、世間並みの幸せというものをつかみたい。私にだって青春、幸せがあってもよいのだと、真剣に考えるようになり、それにつれ父の行為が非常に憎くなったのです》

 社会に出ることで自分の置かれた環境を客観的に見つめたA子は、父親から逃れて自由に生きることを決め、結婚話を父親に伝えた。ところが、これまで何度も逃げ出したA子を執拗に追いかけ、連れ戻し、頻繁に体の関係を求め続けてきた父親は、“娘の幸せ”よりも、“性欲”を優先した。

A子「父ちゃん、今からでも私を嫁にしてくれるという人があったらやってくれるかい」

父親「お前が幸せになれる人なら行ってもいい、相手はいくつだ」

 寝床で一旦は“親”の仮面をかぶった父親だったが、Bさんが22歳だと聞くとやにわに怒り出した。焼酎をがぶ飲みし「今から相手の家に行って話をつけてくる。ぶっ殺してやる」とわめきだした。「勤めをやめて家にいるから、いかないで」……刃物を持ち出した父親がBさんの家で暴れることを阻止するため、A子は結婚という淡い夢を諦めることとなる。しかし自由を求める渇望は消えない。父親に見つからないよう、よそゆきの服に着替え家を出ようとしていたところ、またもや父親が現れた。

「どこに行くんだ」

 酒に酔った父親は逃げるA子を追いかけ、裏口のあたりで捕まえた。ブラウスをはぎとられ、下着も破られたA子が悲鳴をあげたことから近所の人たちが飛んできて父親を押さえつける。その隙に着替えて家を飛び出したA子はバス停まで走ったが、なかなかバスが来ない。そのうち近所の人の手を振り解いた父親が追いかけてきて、またもや家に連れ戻されてしまった。以降、“親”を捨てた父親は、A子を四六時中監視し、何度も体を求め続けた。

「この売女」

 そして事件の夜。

「俺はもう仕事をする張り合いがなくなった。俺を離れてどこにでも行けるんなら行ってみろ。行け、一生つきまとって不幸にしてやる。どこまで行ってもつかまえてやる」

 繰り返しそう言いながら、酒を飲んだ。その後一度布団に入ったものの、再び起きてきた父親は焼酎をコップで数杯飲み、A子の布団にやってきて罵り始めた。

「俺は赤ん坊のとき親に捨てられ十七歳のとき東京に出されて苦労したんだ。そんな苦労をしてお前を育てたのに、十何年も俺をもてあそんできて、この売女」

「売女。出て行くんだったら出てけ。どこまでも追って行くからな。俺は頭にきてるんだ。三人の子供は始末してやっから」

 A子はこのとき思った。“いつまでもこんな毎日をくり返していては一生幸せなどえられないんだ。Bさんとの幸せもこわされ、畜生のような生活をするんだら死んだほうがいい、自分はもうどうなってもかまわない。いっそ父を殺してしまおう”……部屋にあった、ももひきの紐を手に取り、父親の首の後ろから紐を回した。絞めながらA子は言った。

「くやしいか」

 父親は喉の詰まったようなこえで答える。

「くやしかねえ、お前がくやしいからしたんだべ。お前に殺されるのは本望だ」

 A子は「くやしかない、くやしかない」と言いながら、紐を絞め続けたのだった。

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