世界最悪のキリスト画修復、お婆さんが地元の「救世主」になっていた! 「観光地になり、街はフィーバーに」【あの人は今】

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 過去に世間を騒がせたニュースの主役たち。人々の記憶が薄れかけた頃に、改めて彼らに光を当てる企画といえば「あの人は今」だ。今回は、2012年に世界を騒然とさせた、「世界最悪」と呼ばれた壁画修復と、その後の意外な顛末について取り上げる。

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 エッケ・ホモ(この人を、見よ)――。

「イエスを磔刑に!」と騒ぐ群衆に対して、ユダヤ総督のピラトが疑問を投げかけたとされる言葉である。このシーンは、キリストの受難を象徴するものとして、さまざまな芸術作品のモチーフとなってきた。

 ピラトの発言からおよそ1980年の時がたった2012年の8月。スペイン北東部のボルハという町で受難の時を迎えたのは、まさに〈この人を、見よ〉と題された一点のフレスコ画であった。

 いばらで編んだ冠を頭に載せられ、群衆の前に立たされたイエスの姿を描いたこの作品は、教会内の漆喰の壁に直に描かれていたために、目に見えて“傷み”が生じていた。だが、この作品にとって最大の不幸は、経年による劣化が放置されていたことではなく、絵画修復の知識も技術もないセシリア・ヒメネスという当時82歳のお婆さんが修復を買って出たという事実だった。

 彼女の手によって〈この人を、見よ〉は、元の作品とは似ても似つかぬ滑稽なキリスト像に“修復”されてしまったのである。

「毛むくじゃらのサル」

 スペインの片田舎にある小さな町で起こったこの騒動は、すぐさま地元の研究機関のブログで取り上げられた。その後、地元有力紙、スペインの全国紙へとニュースは伝播していき、フランスの「ル・モンド」紙やドイツの「デア・シュピーゲル」誌、さらには大西洋を越えて「ニューヨーク・タイムズ」紙までもが報じるに至ったのだ。

 極め付きは「BBC」(英国放送協会)特派員が放ったこの一言であった。

「まるでダボついた衣をまとった毛むくじゃらのサルだ」

 この特派員の表現には、世界中のSNSユーザーが反応。教会の壁に描かれた〈エッケ・ホモ〉は、スペイン語でサルを意味する「モノ」と掛け合わせて〈エッケ・モノ(このサルを、見よ)〉と名付けられ、嘲笑の的となったのである。

壁画の作者の子孫が提訴するとの情報も流れたが……

 当初、教会の神父や町の有力者は「教会の絵画が故意に破壊された」と大騒ぎ。壁画の作者の子孫がセシリアを提訴するとの情報が流れたこともあった。

 ところが、騒動から12年がたったボルハの町を訪ねてみれば、想像とは全く異なる景色が見えてくる。どうしたことか、セシリアが手を加えた〈エッケ・ホモ〉は再修復がなされることなく保存され、彼女自身、この上ない厚遇を受けているというのである。

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