NHK内部が激変し、劇的にドラマが面白くなった「最大の理由」…前会長時代は月に20人以上のペースで職員が辞めていった
生活保護もドラマ化
一方で悠子は理紀の行動を大目に見る。寛容なわけではない。基との暮らしを守るため、代理母プロジェクトを失敗させたかったのだ。一方、基の子供が欲しい理由は自分の遺伝子を残したいから。悠子の気持ちは二の次。エゴイストだった。
リアリティに満ちた作品だったものの、登場人物の誰にも共感しにくかった。この点でも民放での作品化は難しかったはず。民放作品はほぼ例外なく共感を求める。ちなみに欧米ドラマは登場人物に共感できないものが多い。ドラマは共感できなくても面白くなるのである。
5月6日に放送されたスペシャルドラマ「むこう岸」も大きな反響を呼んだが、やはり民放で放送するのは無理だったはず。生活保護家庭で暮らすヤングケアラーを中心に物語が進むからである。世間には生活保護を批判する向きもある。そういったテーマを民放は避けることが多い。
主人公は生活保護家庭で暮らし、母親の介護をする中学3年生の佐野樹希(石田莉子)。やがて家庭の内情がクラスの男子にバレてしまい、酷い嫌がらせを受け、意気消沈する。看護師になる夢も捨てた。
これに対し、元ケースワーカーは「生活保護は未来への投資なんだよ」と励まし、看護学校に進学できることを教える。その過程で行政の怠慢や生活保護批判の愚かさも描いた。やはりNHKでしかつくれなかった。
どうしてNHKドラマは腹が据わっているのか。まずドラマの制作を担当するメディア総局第3制作センターは独立心が旺盛で、それぞれのドラマの制作統括は社内外から干渉を受けない伝統があるからだ。
連続テレビ小説と大河ドラマはNHKドラマの生命線として高視聴率を求められるが、ほかの作品は質が良かったら文句を言われない。その分、文化庁芸術祭など大きなドラマ賞を最も受賞しているのはNHKである。国内のみならず世界中でドラマ賞を獲っている。
例外だったのは元みずほフィナンシャルグループ社長・会長の前田晃伸氏(79)が会長だった2020年1月~23年1月。NHKドラマは失速気味だった。
前田氏は故・安倍晋三元首相を囲む経済人の集まり「四季の会」の元メンバー。その縁で会長になると、若者の視聴者を強く意識し、2022年度から平日午後10時45分から同11時台を若年層ターゲットゾーンとした。まるで中高年の視聴者の斬り捨てだった。
事実、高視聴率だった中高年向け健康情報番組「ガッテン!」は2022年2月に打ち切ってしまった。また、ドラマも含めた番組の合理化を進め、外部スタッフを増やした。これでは制作陣がやる気をなくす。前田会長時代には月20人以上のペースで職員が辞めていった。
前田氏の在任中に生まれた朝ドラが、黒島結菜(27)主演の「ちむどんどん」(2022年度前期)である。沖縄の本土復帰40周年を記念した作品でありながら、政治に翻弄され続けてきた事実が全く描かれなかった。自民党への気遣いだったのか。タブーに斬り込んでいる「虎に翼」とは大違いである。
外部からの会長はプロパー理事の意見を聞くことが常態化してきたが、前田氏はワンマンだった。
一方、日銀出身の現会長・稲葉延雄氏(73)は以前と同じくプロパー理事の声を参考にすることで知られる。常識人だ。前田色の一掃がNHKドラマの好調につながっている。
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