世界が注目するブラック・アーティストが20年間も訪日を続ける理由 日本初の個展に見える「その地が持つ文化への敬意」

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第1回【「アフロ」と「民藝」はなぜ繋がったのか…日本初のシアスター・ゲイツ個展に見える「敬意」と「自由」】からの続き

 森美術館(東京都港区)で開催中の「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」(9月1日まで)は、その一風変わったタイトルが強い印象を残す。「世界が注目するブラック・アーティスト」であるゲイツが、日本初にして自身最大規模の展覧会で表現し、追い求めたものとは? アートディレクター・土居彩子氏が同美術館キュレーターの徳山拓一氏に話を聞いた。

(全2回の第2回)

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その土地に根付いた文化に敬意を払う

 シアスター・ゲイツはアフリカ系アメリカ人。つまり祖先はアフリカ大陸でさらわれ、アメリカに連れてこられるという途方もない悲しみを耐え忍んだ方たちだ。そしてアメリカでの黒人差別という理不尽さを噛みしめてきた。この差別は、今まだ続く話である。

 そしておよそ100年前の日本では、帝国主義の日本が朝鮮の併合を進めていたが、ほとんどの知識人たちが「朝鮮の日本化」を正当化する中で、柳宗悦は朝鮮文化の美しさを訴え、この文化と民族に敬意を持つことを願い、日本人の良心を覚醒しようと促していた。

 柳宗悦に一貫している姿勢は「その土地に根付いた文化に敬意を払う」ということで、このことがゲイツの「自分の身体的、知的、創造的、文化的属性は他のどの人種のそれとも等しい」という信念と美しく一致しており、ゲイツの創作に大きな力を与えている。

 消防ホースを切断し、糸で縫い合わせた作品「黒い縫い目の黄色いタペストリー」がある。ここでの消防ホースは、平和的なデモに、警察が高圧水を放って黒人たちを負傷させた象徴としての素材だ。

 そして、ゲイツの作品の中でキーワードのようにたびたび登場するタールという素材。ゲイツの父親は屋根葺き職人で、よくタールを使った。毒性を含むその素材は、劣悪な黒人労働者の環境を物語っている。

日本では、黒人である前に芸術家でいられる

 どちらも負の物語を持つ素材だが、しかしゲイツはその物語の持つ悲しさを超えて、素材そのものと純粋に向き合っているように、私には感じる。なぜなら、消防ホースもタールも私には美しく見える。そしてあまり不幸そうに見えないからだ。

 消防ホースも、タールも、作品として生まれ直し、新しい物語を生き始めてむしろ少し嬉しそうである。この作品を見て、私は「黒人差別」という物語の向こうに、何か新しい物語が待っているような明るさを見るのだ。

 困難な経験をしてきたゲイツが新しいものの捉え方を得てゆく過程には、「とこなめ国際やきものホームステイ」への参加もある。ゲイツ30歳の時である。

 ゲイツは言う。

「日本では、黒人である前に芸術家、陶芸家でいられる。新しい言語と新しい規律があり、人種という概念に基づかない新しい文化的価値観を持つこと、技術という概念に基づいた人生を送ることができる。そのような新しい自由を手に入れることができる場所だと感じました」(展覧会カタログより)

 以来ゲイツは20年間、毎年日本を訪れている。

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