半世紀の歴史に幕を下ろす「日本最北端」のストリップ劇場 「エアコンひとつ移すだけで……」関係者が初めて明かす「閉館の理由」

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 昭和から平成、令和へと時代が移ろうなか、最盛期に全国で約400軒近くあったストリップ劇場は、いまや17軒にまで激減。生き残りを賭け、アート性を高めたダンスや演出を打ち出し、女性客など新たなファンの獲得に成功したところもあるが、大半は厳しい経営を余儀なくされている。そんななか「日本最北端」に位置するストリップ劇場が今夏、50年近くの歴史に幕を下ろすという。その裏側にある、悲喜こもごもの「人生劇場」をリポートする。(全2回の第1回)【鈴木ユーリ/ライター】

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 灼けるような日射しの下で、汗をふきながら白いリボンを巻いている人がいた。

「推しの踊り子さんがあっちこっち巡ると、追っかけて自分も色んな劇場に行ってリボンを投げるんです」

 ストリップ劇場の客には通称「リボンさん」や「タンバリンさん」と呼ばれる人たちがいる。推しの踊り子のステージが見せ場に入ると、リボンを投げたり、音でショーを盛り上げる人びとだ。男性は「リボンさん」のひとりだった。

「都内の劇場と比べると、ここは地元の常連さんたちがつくるアットホームな雰囲気が良かったんですけどね。終わっちゃうのは寂しいです、やっぱり」

 8月20日に閉館する「ライブ・シアター栗橋」は埼玉県久喜市の端にある。目の前を流れる川を渡れば、すぐに茨城県だ。そんな県境に位置する同劇場は「日本最北端のストリップ劇場」としても知られている。

 ゆうに20台以上は停めることのできる駐車場は、県内のみならず、他県ナンバーの車で埋め尽くされていた。閉館を発表して以来、名残を惜しんで遠方からも多くのファンが詰めかけているのだという。

「大入り」の時代

 劇場スタッフの小平さんがこう話す。

「僕はこの近所で育ったから、子供の頃から大人たちがゾロゾロ劇場に入っていくのを見てたんです。あの頃はいつも満員で、お客さんも100人以上入ってたんじゃないかな。今とちがって相当儲かってたと思いますよ」

 だが昭和の終わりとともに、ストリップ劇場は衰退の一途をたどってきた。最盛期には全国に400軒近くあった劇場は、すでに17軒にまで減ってしまっている。客足が遠のく一方で、アート性の高い振り付けやストーリー性のある演出をウリに、女性客など新たなファンを獲得する劇場や踊り子もいるが、それでも現在、地方の劇場の多くは厳しい経営環境に置かれている。

 白髪まじりの髪をオールバックにした照明技師のシオさんは、名門・浅草ロック座でキャリアをスタートさせた。

「24歳の時、プー太郎でブラブラしてたから、『スタッフ募集』の張り紙に一か八かで飛び込んだんだよ。人が足らなかったみたいで即採用。でも田舎モンだからストリップなんか入ったこともなかったのに、楽屋じゃ姐さんたちが、みんなスッポンポンで歩いてやがるんだから、参っちゃってねえ。暗転もヘチマもわかんねえから、はじめはずっと怒られっぱなしだったよ」

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