「人生を完成させようなんて考えなくていい」 生きるのが少しラクになる横尾忠則の“未完”論

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 以前にも書いたことがあるかも知れませんが、未完についてです。僕はあらゆることに対して完成をするということにはあまり興味がないのです。未完ということと中途半端ということはよく似ているように思います。

 だから何をやっても中途半端で終ってしまいます。完成させることに対して、気力がないのか、情熱がないのか、その辺のことは自分でもよくわかりません。三日坊主という言葉がありますが、何かしようと思っても、すぐ飽きてしまうのです。忍耐力がないんですかね。それとも好奇心の持続時間が短いんですかね。

 例えば食事にしても最後まで完食することは滅多にありません。いくら好物でも終りが見えてくると急に止めたくなるのです。完食してしまうと、妙な満足感に襲われ、ここまで美味しいと思って食べてきたことが、完食するとそこで無になってしまうのです。つまり意味がなくなってしまうのです。完成することに対する妙な罪の意識に襲われ始めるのです。

 完結しない、未完で終ることの快感というものが僕を支配しているように思うのです。絵もそうです。完成が近づくと急に描きかけの絵から逃げたくなり、完成させたらダメになるのです。完成させることが絵の完成だと誰が言ったか知りませんが、絵に限らず全てのことに完成など最初からないと思うのです。

 未完で終ることは自由への扉を開くことではないかと僕は思うのです。だから完成は自由への扉を閉めてしまって、自由を放逐してしまうことなんです。

 尾っぽまでアンコが入った鯛焼き屋がありますね。あれは昔、安藤鶴夫さんが、これこそ鯛焼だ、みたいなことを言って評価したことから、今ではどこの鯛焼き屋もアンコを尾っぽまで入れるようになったのです。これは僕に言わせれば邪道です。尾っぽまでアンコを入れることで鯛焼きを完成させてしまったのです。尾っぽにアンコが入っていないということこそ鯛焼きの美学なんです。

 鯛焼全身にアンコをつめて、「完成」と言った安藤ナニガシ氏は未完の美学が解らない人です。頭から胴体までアンコが入っていて、そこまで食べたあと、アンコのないシャリシャリした尾っぽを最後に口直しとして食べて、初めて鯛焼きと一体化して、未完の美学を喜こばなければならないのです。何んでも量が多ければいいという発想そのものが日本経済の堕落なんです。

 だから僕のほぼ全ての絵は未完です。未完は描けていない部分を鑑賞者が自分でその絵の続きを頭の中で描きたしていけばいいのです。それが本当の絵画の見方なんです。ご飯でも残こすことで、次の食事への喜びが生じる。満腹してしまったら、次の食事の楽しみがなくなってしまうのです。

 人間は完成して生まれますか? 皆んな未完の状態で生まれてきます。そしてこの未完を埋めようとして必死で働いたり遊んだりして人生を生きようとする。ところが人生はそう簡単に完成しません。人生の完成とは、まあ俗にいう悟りだと思って下さい。そう簡単に悟れるものではないのです。宗教は人間を完成させて悟らせようと説教などしていますが、そう簡単には悟れません。

 それでいいのです。悟れないでとうとう死んでしまった。つまり未完で終ってしまったのです。そのために輪廻転生という宇宙の法則みたいなものがあるんです。今、現在、こうして生まれてきている人間の100パーセントは未完のままで生まれてきて、完成を目差すプロセスにいるのです。

 今生の100年たらずを生きても、完成(悟り)しなかった、中途半端で死ぬのか、と思って死ねばいいのです。悟れないままの未完のために、用意されているのが輪廻転生でしょ? だから、もう一度来世に生まれ返って、来世に頑張って完成すればいいのです。完成してしまった魂はこの地上には用がないのです。不退転の世界というか領域というか涅槃の世界で完成した生き方をすればいいのです。

 ですからこの地上で生きている人間は全て未完人間ということです。悟って不退転に入った人間はいくら頑張っても今生のこの現象世界、物質世界には戻ってくることはできません。

 だから、ご飯を食べ残こしたり、絵を未完で終らせるのも悟っていないからそうするのです。それがこの地上の生き方です。

 完成させよう、悟ろう、なんて考えない方がいいのです、時期がくれば完成もするでしょう。未完でいることは、未完を遊べということです。だから人間はこの世に遊ぶために生まれてきたのです。それこそが完成への道であり、悟りへの道なんです。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2024年8月8日号掲載

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