「結構です」「ビール2~3本」 勘違いが生まれまくる「日本語の曖昧さ」が面白い(中川淳一郎)

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 日本語の面白さと「曖昧さ」について。近所の鮮魚店がタレのいい匂いをさせながら店頭でウナギを焼いているのですが、そこに東南アジア系の観光客一家が来て、ウナギを注文。店主とやり取りしていますが、これがまったくかみ合っていない。

「Do you have rice?」(観光客)

「No」(店主)

「No rice?」

「Yes」

「So, you have rice?」

「No」

「No rice?」

「Yes」

 日本語にすれば「ご飯ある?」「ないよ」「ご飯がないの?」「そうですよ」となります。しかし、英語では「No rice?」と言われて、「ある」のであれば「Yes」で、「ない」のなら「No」。

 つまり「ご飯がないの?」と否定形で質問された後の「Yes」は、日本人には「はい、ありません」ですが、英語では「いいえ、あります」になってしまう。

 恐らく観光客も店主も互いにワケが分からなかったことでしょう。客は「結局ご飯はないようだが、なぜ店主は『ある』と言ったのだろうか……」と思い、店主は「なんで『ない』と否定しているのにあの人たちは『ある』と思ったのだろうか……」と訝る。

 漫画家の東海林さだお氏の持ちネタで「かたい焼きそばとやわらかい焼きそば」というのがあります。4人連れが中華料理店へ行きこう注文をし、店員が困惑するというもの。

「僕はかたい焼きそば」

「私はかたくない焼きそば」

「僕はやわらかい焼きそば」

「私はやわらかくない焼きそば」

「かた焼きそば」と「焼きそば」の2種類しかないのですが、4通りの答えがある。これが混乱を呼ぶというわけです。個々人の頭の中は焼きそばに対するイメージが違うだけに、このような混乱をきたす注文をしてしまうのです。

 初老の男性二人の飲み屋での会話もこれまた味わい深い。

「ラーメン屋で『大盛りは無料になりますが』と言われてオレは『いいよ』と言ったんだよ。オレは『いらないよ』の意味で言ったんだけど、店員は『いいねぇ!』の意味だと解釈した。すごい量が出てきて往生した。キチンと『結構です』と言わなくちゃいけんな。いや『結構です』も『結構なお手並みで……』的に『オッホン、いいですねぇ』的に捉えられるかもしれないな。『いらないです』と言わなくちゃいかんね」

 この点、カメラマンなども撮影中に「いいよ!」「いい!」を連発しますが、これは被写体の動きを肯定しているわけです。恐らくラーメン屋の客も、カメラマンばりの笑顔で「いいよ!」と言ってしまったばかりに、勘違いが生まれてしまったのでしょう。

 あとは飲み屋で「そうだね、ビール2~3本」「焼き鳥5本ずつぐらい」みたいな注文をしますが、最近の店員は「3本お持ちしますね」「そうしましたら盛り合わせで15本持ってきますね」と明確に言うようになっています。でも、新人バイトは先輩に「ビール2~3本って言われたんですけど何本持って行くべきでしょうか」と聞き「そんなもん、3本持って行けばいいんだよ!」と言われておしまい。人はこうして学んでいくのです。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2024年8月8日号掲載

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