レスリング「文田健一郎」と「日下尚」が金メダルで“60年ぶりの快挙” 実は“日本人向き”だったグレコローマンが見事復権

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相撲を生かした日下

 この日のもう一人のヒーローは、五輪初出場ながらグレコ77キロ級で金メダルに輝いた日下尚。香川県出身で、高松北高校から日体大に進んだ。

 グレコの重いクラスで日本人が優勝したのは日下が初めてである。決勝でデメウ・ジャドラエフ(カザフスタン)を破った後、マット上で「後方宙返り」をして見せたことからもわかるように、ずば抜けた足腰のばねを持っている。

 日下は中学で相撲も経験した。レスリングでは立ち姿勢で相手を場外へ押し出せば1点入るという、「押し出し」に似た部分もある。日下は五輪前に大相撲の琴櫻との稽古で「押し」に磨きをかけ、急速に強くなった。

柔道がある日本はグレコに向く

 文田は常日頃から「グレコの魅力を見せたい」と口にしていた。メキシコ五輪(1968年)のグレコ・フェザー級で銀メダルに輝いた藤本英男さん(80)=日本体育大学名誉教授=は、パリ五輪におけるグレコ軍団の活躍に目を細める。

「昔のグレコの選手は、隅落とし、首投げ、胴タックルなどの変則的な技を出したが文田君は正統派のレスリング。がっちり組み合って投げる素晴らしいグレコレスリングを見せてくれた。軽いクラスだけではなく、相撲をやっていた日下君が重いクラスでここまで来るのは素晴らしい」

 欧米人より腕力が落ちる日本人は、すばしっこさとタックルなどを生かせるフリースタイルが向いていると考える向きもある。しかし藤本さんによれば違うようだ。

「基本的に、柔道がある日本はグレコに向くんですよ。全日本選手権で9連覇した松本君(慎吾・日体大レスリング部監督)も高校まで柔道でした。1964年の東京五輪で優勝した花原勉さん(フライ級)も、市口政光(バンダム級)さんも高校まで柔道をしていたんですよ。柔道は基本的に上半身を持ち合って投げるからグレコローマンに近いのです」

 では、長らくグレコが低迷していたのはなぜか。

「東欧諸国や北欧は子供の頃、レスリングはグレコから始めるが、日本はアメリカと同様、フリースタイルから始める。中学や高校でもグレコの試合はないし、競技人口は少ない。でも今回、文田君と日下君が立派な結果を残してくれたので新しいグレコの歴史が始まるでしょう」

日体大では特にグレコを強化してきた

 高校総体(インターハイ)でもグレコの試合はない。このため、大学に入ってからグレコに転向する選手が多い。これでは世界に後れを取っても仕方がなかった。日体大レスリング部監督の松本慎吾さんはこう語る。

「日本では、グレコを始めるのが高校生や大学生からと遅かったが、今回のグレコ代表の3人(文田健一郎、日下尚、曽我部京太郎)は早くからグレコの選手として成長してきた。3人が在籍した日体大では、特にグレコを強化してきたのです。それがようやく実ってきたと言えます」

 ただ、「柔道からグレコに来る選手は減りつつある。やはり柔道頼りではなく、15歳未満の早いうちからグレコで闘う選手を増やしていきたい」とも。

 一方、レスリングの女子はフリースタイルとは呼称しないが、基本的にルールはフリースタイルでグレコローマンはない。こうなってくると「女子にもグレコを」の声も聞こえてくるが松本さんは「リフトする(相手を抱え上げる)ような力がないし、怪我の可能性も高く、女性にグレコが導入されることはまずないのでは」とみている。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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