櫻井翔が“うつろな政治家”にピッタリ! 元新聞記者が悪政と闘う「笑うマトリョーシカ」は今夏ドラマ最注目

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 今夏ドラマは重いテーマが多くて興味深い。「夏! 海! 恋!」みたいな定番のトンチキ路線は消えて、中絶・虐待・事故・暗殺(奇しくも英語の頭文字が全部A)と、一見殺伐としたテーマの作品が並んどる。薄味のトンチキが好きな視聴者は超速で離れるが、骨も身もあるドラマなら不必要でも執拗(しつよう)に世に語り継ぐ視聴者が最後まで残るはず。

 初回から事故を装った暗殺シーンで息をのんだのが「笑うマトリョーシカ」だ。悪政ネタに事欠かない国なのに、政治の闇を描くドラマが少ないので、実は最も注目していた作品でもある。

 主役の道上(みちうえ)香苗を演じるのは水川あさみ。社会部時代に政治家の汚職を追って、秘書の証言までたどり着いたものの、その秘書が自殺未遂。世間からもメディアからもたたかれ、文芸部へ異動させられた過去がある。直情径行タイプで仕事に没頭するため、夫(和田正人)にあきれられ、幼い息子とは別居状態だ。ヒロインが追い込まれているのが好物なので、ぐっと引きこまれた。

 しかも元新聞記者の父(渡辺いっけい)が冒頭で事故死。トラックの居眠り運転だというが、背後に政治家、しかも誕生まもない新内閣の面々とつながる黒い闇を感じた香苗は単独で調べ始める。初入閣で注目を浴びたのは若き厚生労働大臣の清家(せいけ)一郎(櫻井 翔)。弁舌爽やかな好感度モンスターだが、どこか空々しくて不自然な印象というのが適役。そもそも主体性のない政治家をマトリョーシカに例えるセンスがいい。実際、永田町はうつろなマトリョーシカを鋭意量産中だし。また「強大な権力を握るヒトラーは、ブレーンでメンタリストのハヌッセンが操っていた」という二重権力を題材に、うつろな政治家を裏で操る人物を炙り出していく。同様に政治の黒幕を描いた「フィクサー」(WOWOW・2023年)も面白かったし、政治ネタの作品がもっと増えてもいいと思うんだけどな。

 清家には常に切れ者の政務秘書官・鈴木俊哉(玉山鉄二)が張り付いている。清家の自伝本を取材するテイで近づく香苗。調べるうちに、清家の周辺では謎の事故死が多いことや、うさんくさい元恋人(田辺桃子)や後妻業風味の母親(高岡早紀)の存在が浮上。真相に近づき過ぎたせいか、上層部に圧力がかかるも、香苗はちゅうちょなく退社してフリーに。ただし孤軍奮闘ではない。後輩(曽田陵介)や同じく退社した先輩(丸山智己)も協力態勢だ。政権寄りではない新聞社でも忖度(そんたく)が横行する中、まともな感覚の記者の存在が描かれて、ホッとしたわ。

 清家が異例の速度で出世階段を駆け上がった背景には何があったのか。入れ子のマトリョーシカを開けていくと最後に出てくるのは誰か。元議員秘書(国広富之)など内実を知る人々の証言を得て、着々と真相に近づくスタイルには胸躍る。たとえ明るみに出せない真実でも、どんなに胸糞悪い結末でも、香苗の弔い合戦は最後まで見届けたい。

 NHKもさ、戦国時代や幕末の政治ではなく、近現代、戦後の政治の闇を描く大河を作れないかしら。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2024年8月8日号掲載

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