「田舎の地主が億万長者に」「“タダでもいい”と思っていた土地が1坪100万円」 半導体工場用地バブルに沸く熊本県で何が起きているのか

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大津町に集まる理由

 実は、この取材をした時点で、TSMC関連の企業から大津町で用地を確保したいという要請が80件以上あるそうだ。

 地元で建設会社を経営しながら農業委員もしている村上惠一さんは言った。

「菊陽町が選ばれにくいのは、熊本市に隣接していて市街化調整区域が多く、倉庫を建てようとしても、原則として認められないからでしょうね。ところが大津町はそれがほとんどない。つまり転用可能な土地が多いから、みんな大津町に集まってくるんです」

 菊陽町から大津町に入った途端に店舗が増えたのはこのせいだったのだ。

 大津町に集まる理由がもう一つある。地元で食品会社を経営する人物によれば、業者がTSMCと取引するときの条件だという。

「TSMCの工場はチップを作るだけで、必要な部品や人は周辺に置くトヨタ方式なんです。電話をしたら30分以内に持ってこい、10分以内に届けろと言われるので、工場の周辺に物流センターを持たないと採用されないんです。これは人も同じで、例えば水道工事の業者は、連絡したら20分以内に修理に来られる人を24時間体制で置くように言われます。工場は10分止まったら何百億円の損失が発生するそうです」

 確かに、大津町を走ると、新しい倉庫があちこちで見えた。とはいえ、大津町の土地供給量は限界に達しつつあるようで、すでに隣接する菊池市や合志(こうし)市に物流センターができ、さらに人が集まることを予測して巨大スーパーやアウトレットモールの建設も計画中だという。

「作物を作るよりも…」

 実は農地が大量に消えて倉庫や工場、アパートに変わっているのはなにも熊本県だけではない。先に触れた通り、同じことが千葉県の成田市でも起こっているのだ。

 成田空港の周辺にある家のポストに、農地買取のチラシが入り始めたのは2022年に入った頃だという。前年の末に、成田国際空港会社が既存のB滑走路を延伸し新規にC滑走路を整備する計画を公表したからだ。これができると、成田空港の面積がほぼ倍になる。当時「C滑走路は物流のため」とうわさされたが、実際にそうだったようで、空港周辺の農地はあちこちでつぶされて物流センターができていた。この流れは今も続いていて、不動産会社の営業マンが、チームをつくって一帯をじゅうたん爆撃のように訪問しているという。信孝さん(仮名)はそんな訪問を受けた農家の一人である。

「拡張工事が始まる前は、この辺の土地は坪3万~4万円だったのに、今は10万円。しかも市街化調整区域だぞ。それが1反なら3000万円、1町歩なら3億円になる。規制が緩くて簡単に地目変更ができるから買ってるんだ。先日も業者がやってきて、『作物を作るよりも儲かりますよ』だって。どんな農地でも1年もかければ宅地にできると言ってたな。うちは断ったが、後継者がいない農家は売るだろうね」

「業者は、信孝さんが農地を所有しているのを知っていたんですか?」と尋ねると、

「農水省が開発した農地ナビというのがあって、調べたい農地が市街化調整区域かどうか分かるんだと。そこに表示される地番を法務局で照会すれば所有者が分かるんだそうだ。そうやって調べた農地をリストにして、業者が地区割りをしてみんなで回ってるんだよ」

「eMAFF農地ナビ」はネットで公開しているから誰でも使えるが、使われ方によっては怖いソフトだ。

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