「田舎の地主が億万長者に」「“タダでもいい”と思っていた土地が1坪100万円」 半導体工場用地バブルに沸く熊本県で何が起きているのか

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「喜んで売りました」

 今回の地価高騰のきっかけはTSMCの工場用地の売買だが、まずその売却の経緯を、農協の関係者に解説してもらった。

「第1工場と第2工場の土地売買の方法は違っていて、第1工場の用地は菊陽町が買い取り、それを造成してTSMCに売りました。仕入れ値が坪単価で2万円前後だから1反(300坪)あたり約600万円。これを造成して3000万円で売りました。1反600万円は安いと思うかもしれませんが、もともと農振(農業振興地域)に指定された優良な農地だから、農家にしか売れなかったんです。それに当時は1反50万円でも売れない土地でした」

 地主の大半がサラリーマンで、純粋な農家はたった1軒だったという。

「あそこは阿蘇近辺の農家に反あたり年間1万円で貸していたんです。水田にできない土地だから、栽培するのはキャベツやニンジンです。まあ、自分で農業をしていない地主だから、土地に未練はないですね。1反600万円で買ってくれるならと、みんな喜んで売りましたよ。借りている農家は反対しましたが、それなら他の畑も貸さんと言われたら反対できません」

 工場周辺でニンジン畑を所有していた農家は「持っているだけで草刈りもせんといかん、タダでもいいと思っていた土地が売れたんです。これで安心して眠れますよ」と言った。この思いが、この農家だけではないという事実が、日本の「食」の未来に深刻な問題を投げかけているのである。

 通常、国の補助で整備した農業振興地域を地目変更するのは並大抵ではない。それが今回は「国策」ということで、簡単に地目が変更されたという。

「億万長者が4~5人出たはず」

 問題は第2工場の土地だった。菊陽町がこの場所を買収しなかったものだから、いずれ工業団地になるはずだと踏んだ不動産業者が大挙して動いたそうだ。そのために農地の値段がどんどんつり上がっていったと地主の一人が言う。

「坪5万円で売買契約をしたと思ったら、しばらくして7万円で買いたいとくるんです。そのうち10万円にもなり、結局1反2000万円ほどで落ち着きました。1町歩(ちょうぶ・10反)持っていたら2億円です。2億円なんてどんな作物を作っても稼げる額じゃない。ここの地主から億万長者が4~5人出たはずです」

「先祖代々の土地を売りたくない人はいなかったのですか?」と聞いた。

「昔は水田が第一だから、相続では長男が水田をもらい、次男以下は水田にできない畑をもらったんです。そんな土地だから未練はないでしょうね。農地の貸し賃が反あたりでわずか年1万円だから、むしろお荷物ですよ。今の若い人は、家督を継ぐ時は農地より金をくれって言いますからね」

 2020年の熊本県の地価上昇率ランキングは、TSMCの工場がある菊陽町が上昇率30%を超えてトップだったが、翌年には大津町がトップになっている。それも全国の商業地で1位である。なぜなのか。

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