凶悪犯からダメ親父まで…名脇役「蟹江敬三」が語っていた我が「心の時代劇」

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粂八への愛着

 粂八が密偵に加わるいきさつが描かれる「血頭の丹兵衛」は、ファンの間でも人気のエピソードだ。鬼平に捕縛された盗賊・粂八は、人を傷つけない盗み働きを掟としていたはずの盗賊・血頭の丹兵衛が凶行を働いたと耳にし、「それは偽物でございます」と断言。探索のため三島宿に潜入して真実をつかんだ粂八は、絶望しながらも鬼平の狗(いぬ)になる決意をする。

「演じるたびに『もっとこうすればよかった』と思うことの連続ですが、やっぱりこの役には愛着があります。演じる上で心がけているのは、いい人になりすぎないこと。長くやっているとどうしてもいい人になりがちなんですが、粂八は元盗賊。正義の味方じゃない。ワルだった過去の雰囲気、臭いみたいなものは大事にしたいと思っています」

 凶悪犯を演じ続けたことも役に立っていたに違いない。池波正太郎の作品らしく、江戸の食や風情が描かれるところも出演者としてうれしかったという。

「密偵が集ると、よく軍鶏鍋を囲むんですが、撮影で出てくるのは本物。すごく美味い。原作に忠実にという姿勢は、ドラマ版でも映画版でも一貫していますね」

 時代劇は、扮装、セット、セリフなどを含め、役に入りやすく楽しいという。

「とにかく池波さんが作り上げた人物が魅力的で、生き生きしている。人間は善と悪だけじゃなくいろんな顔を持つと、多面的に描かれているところが面白い。監督、スタッフもずっと同じだし、吉右衛門さんというしっかりした軸を中心に、いい緊張感を保ちながら結束できているのが、長く続く理由だと思います」

味のあるおやじ役も

 晩年は、味のあるおやじ、くすっと笑わせるおじさんの役も多かった。

 NHKの大河ドラマ「龍馬伝」(10年)では岩崎弥太郎(香川照之)のダメ親父。緒形洪庵の青春時代を描いたNHKの土曜時代劇「浪花の華~緒方洪庵事件帳」(09年)では洪庵(窪田正孝)が入門する大坂の塾の主催者・中天游。天游先生は「人を育てるのには時がかかるんや」とぼそっと言う。この「ぼそっと」も蟹江の芸だったと改めて思う。へたれ青年の洪庵は先生に見守られて成長していく。

「蟹江さんの“心の時代劇”は何ですか?」と聞くと、しばらく考えて「『紅孔雀』ですね」とぼそっと返って来た。

 映画「新諸国物語 紅孔雀」は、中村錦之助(萬屋錦之介)演じる“那智の小四郎”が、紅孔雀の秘宝の謎を解く黄金の鍵をめぐって、謎の長者やしゃれこうべ党などと戦う。子供用の映画として1954年から全5部作として公開され、大ヒットした。極度のはずかしがりだったという敬三少年は、約20年後の74年、錦之介が主演する「子連れ狼」(日本テレビ)にゲスト出演することになるとは、思ってもいなかったに違いない。

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

デイリー新潮編集部

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