アヤ・ナカムラと共演した「世界最高の軍楽隊」から、セリーヌ・ディオンの傍らで雨に濡れた「超高級ピアノ」まで…“難解”なパリ五輪「開会式」を音楽ライターが徹底解説

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セリーヌ・ディオンと「愛と哀しみのボレロ」

 かくして、トロカデロ広場でのクライマックスの時点では、さらに土砂降りの大雨となった。五輪旗“さかさま掲揚”にあわせて《オリンピック讃歌》を演奏したのは、クリスティアン・マチェラル指揮のフランス国立管弦楽団&フランス国立放送合唱団(おそらくこれもプレイバックでは)。

 この《オリンピック讃歌》は、近代五輪の第1回アテネ大会以来、演奏されてきたのだが、ある時期から楽譜が紛失し、長く演奏されていなかった。ところが、1958年、東京でIOC総会が開催される直前、ギリシャで楽譜が発見された。至急、スコアが東京におくられ、古関裕而に管弦楽+合唱用の編曲を依頼。ブランデージ会長や昭和天皇が臨席したIOC総会の席上、NHK交響楽団や東京藝術大学合唱団などによって“蘇演”された。IOC関係者の感動と感謝はたいへんなものだったそうで、翌年のIOC総会で、1964年が東京開催に決まったのは、これがきっかけのひとつだったともいわれている。なお、このときの合唱団のなかに、東京藝大声楽科の学生、眞理ヨシコさんがいた。のちの、NHK初代「うたのおねえさん」である。

 今回は、映画からのインスパイアが多かったような気がする。リュミエール 兄弟の映画草創期の映像や、ジョルジュ・メリエス監督「月世界旅行」(1902)、フランソワ・トリュフォー監督「突然炎のごとく」(1962)の一場面も登場していた。

 特にトリュフォー作品のオマージュは、フランス国立図書館のシーンからつづくもので、「愛」を象徴するフランス文学が次々と登場した。ラディゲ「肉体の悪魔」やド・ラクロ「危険な関係」など、“過激な愛の文学”のほか、LGBTQをモチーフにした作品も多かった。最後はマリヴォーの「愛の勝利」。男装ヒロインのコメディで、シェイクスピア「十二夜」のような芝居だ。画面に登場した3人(女1、男2)も、いかにも性差を超えた外見で、そのまま町中を疾走し、トリュフォーの映画「突然炎のごとく」を再現していた(この女性も、どこか映画「アメリ」を思わせた)。

 だが、もっとも映画を感じたのは、ラスト、セリーヌ・ディオンがエッフェル塔からパリ市内を見下ろしながらうたった、エディット・ピアフの《愛の讃歌》だろう。これは、どう見ても、クロード・ルルーシュ監督「愛と哀しみのボレロ」(1981)ラストの“再現”としか思えなかった。映画では、赤十字コンサートで、エッフェル塔からパリ市内を見下ろしながらうたうジェラルディ・チャップリンにあわせて、ジョルジュ・ドンが圧巻のバレエ《ボレロ》を踊る。まさに映画史にのこる名場面であった。

 今回のセリーヌ・ディオンも、映画に勝るとも劣らない素晴らしさで、闘病中とは思えない力強さだった(これもプレイバックとの説があるが、詳細は不明)。映画とまったくおなじシチュエーションで、エッフェル塔からパリ市内を見下ろしながら、エディット・ピアフの名曲をうたった(映画にも、エディット・ピアフがモデルの女性が登場する)。聖火台が中空を舞う前代未聞のアイディアと相俟って、たいへんな迫力だったが、ここでも大雨は容赦なく吹き込んでいた。

 セリーヌの横でピアノを弾いていたのは、作編曲家で指揮者・ピアニストのスコット・プライス。カナダのトロント王立音楽院を卒業後、幅広いジャンルで活躍しており、2015年以来、セリーヌの音楽監督をつとめている。だが、あのピアノ、屋根は閉じられていたものの、あそこまで濡れてしまっては、もうダメになってしまったのではないだろうか。

 老婆心ながら、スコット・プライスは、スタインウェイ・アーティスト。まさかと思うが、もしあのピアノがスタインウェイだとして、さらに、最高格「D-274」グランド・モデルだとしたら……おおむね2600万円超ですよ!

富樫鉄火(とがし・てっか)
昭和の香り漂う音楽ライター。吹奏楽、クラシックなどのほか、本、舞台、映画などエンタメ全般を執筆。東京佼成ウインドオーケストラ、シエナ・ウインド・オーケストラなどの解説も手がける。

デイリー新潮編集部

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