「客にガンガン干渉してくる店」は意外と悪くない “非マニュアル店”のすすめ(中川淳一郎)

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 これまでかなり多くの飲食店に行ったものですが、インパクトの強い店ってのはなかなか思い出深く、普通の人は敬遠するも、すっかりハマる人も時々存在します。私が住む佐賀県唐津市に、とある居酒屋兼定食屋があります。ここに京都の男がゾッコンになってしまい、XのグループDMではこの店のことばかり書いています。

 7月3日に唐津へ来るまでは「早く行きたい」と書き続け、1泊2日で2回行った後は「また行きたい」となる。一体この店がどんな店かといえば、「朝7時から飲める」「客が面白い」「店主がとにかくぶっきらぼうだが優しい」という特徴があります。

 朝早く帰らなくてはいけないお客人と最後の宴をする際、7時から開いているこの店は重宝するのですが、驚くのは弁当が300円で販売されている点。これが次々と売れていきます。そして、朝からビールを飲み、キムチをつまみにしていると店主がボソッと「これ、サービス」と言い、山芋をおろしたものとイカの塩辛を出してくれる。もはや何が何やら分からない。

 そして、昼間に行くと、ウイスキーのロックでグデングデンに酔っ払ったお婆さんがいて「私はね、昨日5000円も飲み代に使っちゃったのキャハハハハ」なんて喋りかけてくる。そしてこの人だけなぜかキャッシュオンデリバリー。店主は、取りっぱぐれがないようにしているのですね。

 そうこうするうちに観光客の若者がやって来る。「僕はしょうが焼き定食!」「僕は焼き魚定食!」「僕はカレーライス!」と楽しそうに注文。すると店主はボソッとこう言う。

「全部できねぇよ」

 若者、大困惑! 「えぇと……、何ならできますか?」と聞いたら「ご飯とみそ汁にキムチとイカの塩辛だったらできるよ」となり、若者は「イカ塩辛キムチ定食」なるものを食べることとなったのです。

 しかしこの大将、本当は親切なんですよね。京都の男もすっかりこのキャラに魅入られてしまい、先日はこの店の看板をプリントしたトートバッグを大将にプレゼント。大将は「ありがと……」とはにかんでいました。マニュアルも何もないような店ですが、かなり楽しいです。

 唐津ではもう一つ、79歳女性店主が経営するワケの分からない店がありました。カウンターだけのうどん屋なのですが、ビールを頼むと漬物と田作りをサービスしてくれる。

 ここまでであればまぁ、理解はできます。するとここから先、混沌を極め始めます。カサゴの煮付け、カマスの塩焼きが出たかと思えばキスの天ぷらが出てくる! うどんを食べないのに一体こりゃなんじゃ! こうなれば本格的な宴会が開始し、ビールを5本ぐらい飲んでしまうわけです。さらに、帰り際には、2リットルのペットボトルに入った秘伝のうどんのだしを持たせてくれ「茶碗蒸し作るのに最高よ」なんて言う。

 この手の店ってのは「干渉しないでほしい」という客からすると敬遠したくなるでしょうが、私のように「店の人はガンガンこちらに干渉してください」という客にとっては最高の店。非マニュアル店、居心地がいいです。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2024年8月1日号掲載

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