東海道新幹線のバックアップをどうするか?問題 北陸新幹線の「米原ルート」が再燃中

国内 社会

  • ブックマーク

 7月22日に愛知県内で発生した保守用車両同士の衝突事故で、始発から東海道新幹線ダイヤは大幅に乱れた。事故現場は豊橋駅―三河安城駅間。浜松駅―名古屋駅間の新幹線が終日にわたって運休し、この影響により東京―名古屋―大阪を東海道新幹線で移動することは不可能になった。

 東海道新幹線は1日に373本の列車が運行され、約47万7,000人を運ぶ。文字通り日本一の大動脈であり、それは単に人の移動を超えて社会にも影響を及ぼす。

 今回は翌日から通常運転へと戻り、混乱は1日で収まった。そのため、日本経済が揺らぐような事態には発展していないが、地震や水害といった災害によって長期的に東海道新幹線が機能不全に陥るケースも当然ながら想定しておかなければならないだろう。

「バックアップ」問題は開業時から…

 東海道新幹線のバックアップをどうするか? その問題は開業時から長らく議論されてきた。

 当初、東海道新幹線は開業から10年後には線路をはじめとした諸施設が経年劣化で使えなくなると懸念されていた。国鉄当局はメンテナンス作業を施す期間中、何かしらの代替方法で東京―大阪間を結ぼうとしていたが、妙案はなかった。

 そうした事情から東京―大阪を北陸経由で結ぶ北陸新幹線が1970年代から構想され、1973年には日本鉄道建設公団(現・鉄道建設・運輸施設整備支援機構)によって東京―大阪間を約660.0キロメートルで結ぶ計画の資料が作成された。

 東海道新幹線は沿線に横浜・静岡・浜松・名古屋・京都といった人口の多い大都市が並ぶ。他方、北陸新幹線の沿線は大宮・長野・富山・金沢あたりが人口の多い都市であるものの、それでも東海道本線のそれとは比べるまでもないほど差は歴然としている。

 しかも、平野部が多い東海道新幹線に対して、北陸新幹線は山間地を走る。当然ながら建設費・維持費は莫大になる。バックアップとしての有用性は理解されつつも、コスト面で引き合わないことから北陸新幹線の計画は二転三転した。

 それでも1998年に開催される長野五輪を口実にして長野駅までの区間が1997年に開業。その後に北陸新幹線の建設は進まなかったが、2015年には石川県の金沢駅まで延伸を果たし、今年3月には福井県の敦賀駅まで開業している。

 ゴールと定められた大阪まで、あと一歩のところまで迫ったが、この先の区間で工事は足踏み状態が続いている。

次ページ:議論百出の「3案」

前へ 1 2 3 次へ

[1/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。