「どの程度のキス?」「その時は着衣?」…エンタメ業界のインティマシー・コーディネーターが明かす「意外とウェルカムな現場が多い理由」
意外とウェルカムな現場が多い
そこで気をつける点は、もちろん俳優たちの気持ちや体調だ。
「たとえ役者さんが同意していても、本番までに気持ちが変わることもある。日本人は『一度OKしたら、嫌でもやらないと』と考えがちですが、本番前でも役者さんは『イヤだ』と言っていいんです。例えば、撮影当日に急に生理が来てしまうこともありますよね。そういう時は監督だけに事情を話し、『今日はできるかぎり下着をつけさせて、撮影を短くしてほしい』と伝えます。実際は、伝えれば理解してくれる監督も多い」
ICは「監督から俳優を守る存在」と思っている人も多いかもしれないが、かならずしもそうではない。大物俳優に物が言いづらい新人監督や、現場で行われるセクシャル・ハラスメントを飲み込まざるを得ないスタッフも、ICの存在がワンクッションとなり、フラットな意見交換が可能になる。さらに「同意の上の撮影」が担保されていることは、観客の安心感にもつながる。
「この間、わりと大きな映画にICとして入った時にスタッフから聞いたのは、それまでは彼らが『大丈夫? 大丈夫じゃない?』とドキドキしながらモニターチェックをし、さらに俳優のマネジメントのケアもしていたということです。でも今回はICが入ったことにより、事前の話し合いでお互いに合意の上で撮影しているから、安心してやれたと。
私は特に地上波のテレビドラマを多くやっているのですが、最近は『そういう描写があるなら西山さんに連絡しよう』と思っていただけているようです。地上波はそもそも描写の縛りが厳しいのですが、それでも『気をつけてやりたいよね、どうしたらいい?』という雰囲気があります。当初は怒っているように見えた監督が、だんだんとこちらの話を聞いてくれるようになり、次の作品にも呼んでくれることも。『それが無理なら、こうしよう』と考えてくれる監督は本当に多いですし、みなさんが想像するよりウェルカムな現場が多いんですよ」
現場のメンタルケアには別の専門家が必要
今回の騒動を経て西山さんが不安に思うのは、世の中に「ICがいればすべて安全にケアできる」というような認識が広がっていることだ。「ICはどこまでいっても該当シーンにおいての調整役でしかない」と西山さんは言う。
「日本に数人しかいない状況の中で『自分にそんな役割ができているのか?』と不安になりました。ICは現場の皆さんを救う正義の味方でもなんでもない、あくまでスタッフの1人。だから『どこまでが自分の仕事なのか』を明確にしておかなければいけないなと。特に注意したいのが、現場でのメンタルケアです。ICの講習でも一定の知識は学びますが、例えば深刻な性被害や暴力などを扱うような作品においては俳優だけでなく、スタッフに対してももっと深いケアが必要です。
それには現場に立ち会うセットカウンセラーがもっと導入されるべきだと思います。実際に友人の信頼できる心理士と一緒に入った現場では、撮影立ち会いをするうちに、段々とスタッフの相談も受けるようになっていきました。プロデューサーの配慮で『気になることあれば相談してください』と伝えたところ、『我慢するのが当たり前と思っていたけどやっぱり苦しい』と相談してくれるスタッフがいたんです」
このほど西山さんが設立した合同会社「セーフセットジャパン」は、ICと合わせて、その道の専門家によって撮影現場のハラスメントやメンタルケアに対処するための会社だ。もちろん若手ICの育成も同時に行っており、彼女が推薦した2人が、彼女が所属するアメリカの団体でトレーニングを受ける予定だという。
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