「男性に都合の良いシーンが多い」「いまだに前張りを使わない現場がある」現役インティマシー・コーディネーターが語る日本の映画・映像業界の現実

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

前張りを使わない現場

 映画制作現場におけるハラスメントについては、発足したばかりの社団法人 日本映画制作適正化機構(映適)によって独自のガイドラインと審査制度が作られている。法的拘束力はないものの、一般化していけば状況は変わるはずだ。西山さんがここに「明記してほしい」と強く求めているのは、「性描写における前張りの義務化」である。

「今の時代にも、前張りを使わない現場があるらしいんです。そういう現場にはもちろん私は呼ばれないのですが、聞こえてくるんですよ。監督と俳優たちがよくても、スタッフたちへの配慮はどうなんだと。だから5年後10年後に映適の存在が大きくなった時のことも考えて、審査のガイドラインに、『ICの導入義務化』とは言わないまでも、せめて『性描写のシーンを撮影する際には必ず前張りを使う』という一文を入れてほしいと思っています。

 私としては、商業映画で前張りをつけない理由がよくわからないんです。どちらにしろ、画面には映せないものなんですから。『しないほうが自然』とか『あると全力で芝居ができない』と考える役者さんもいるのかもしれませんが、『当事者たちがOK』という同意が、本当のところでとれているのかも気になります。ただアメリカなどではそうした“気持ちの問題”ではなく、衛生上の観点からつけることが基本スタンスです。そうしてほしいんですよね、私は」

「イヤよイヤよも好きのうち」はもう終わりに

 先ごろ上梓した著書『インティマシー・コーディネーター 正義の味方ではないけれど』(論創社)の中で、西山さんは「日本映画における濃厚シーンの多さ」も指摘している。誤解しないでほしいのは、ちゃんとした意図と理由がある必要な濃厚シーンを、西山さんは全く否定しない。問題なのは、意図も理由もない濃厚シーンが、男性側に都合よく描かれがちであること――俗に言う「イヤよイヤよも好きのうち」が多すぎることだ。

「例えば、男性が『しよう』と行為を切り出すけれど、女性はしたくないから断る。それでも『いいじゃん、お願い』としつこく迫られて面倒になり、『5分で終わらせて』という気持ちで応じてしまう。それは実のところ同意とは言えないんだけど、身体の反応で『自分も楽しんでる=同意』とされてしまう。『やりたくないのに受け入れてしまった』という体験を持つ人は、性別にかかわらず多いと思います。それを『やりたかった』かのように映像化してほしくないんですよね」

 なぜなら「それはすごく暴力的に見えるし、全然ロマンチックじゃない」からだ。

「もちろんそういう状況に『キュン』とする人もいるし、そういう立場も尊重すべきだとは思います。ですが、それを『メディアで流す』ことについては、もう少し丁寧に考えてほしいんです。つまり『暴力的に見えることを意図して、あえてそういう場面にしている』のなら必要かもしれない。でも『イヤよイヤよも好きのうち=キュン』であるかのようにクリシェ化されて、無自覚に作られている場合が結構多いんですよね。

 そういう場合、私は毎回『この表現はすごく嫌です』と言うようにしています。『彼女は3回も「嫌だ」と言っているのに、OKみたいに描かないでほしい」と説明すれば、『確かに』と気づいてくれる人もいるし、きちんと話せる監督なら『じゃあこうしたほうがロマンチックかな?』と考えてくれる。もちろん変える変えないは監督の判断なので、『私は壁ドンされたい』とか『いちいち聞くなんて雰囲気壊れる』という意見があれば、そういう描写が通ってしまう――みたいなことはあります。

 最近の欧米のドラマでは、例えば関係が浅い段階にある高校生のキスシーンでは『キスしていい?』と聞いていて、それがすごくロマンチックなんですよね。だから『こういう風に描けるんだよ』という例をいっぱい作っていかないと、と思っていて」

次ページ:コンドームを映す場面が1度はあってほしい

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。