【柔道誤審】「和解のツーショット」では済まされない! 銀メダリストが語った「審判との戦い」
7月27日、柔道男子60キロ級の準々決勝で“不可解な判定”により敗北した永山竜樹(28)。敗者復活戦から勝ち上がって銅メダルに輝いたものの、相手選手のSNSに非難コメントが殺到する騒ぎなどが起こった。そこで永山選手は30日、相手選手から謝罪を受けた事実をツーショット写真とともに報告。両選手のファンはこれに安堵したが、準々決勝を裁いた女性審判に対する疑問の声は別問題のようだ。【ジャーナリスト/粟野仁雄】
【写真】背中に手を回してはにかんだような笑顔…ガリゴス選手との「和解」ツーショットで絆を示した永山
「待て」の後も絞め続けたスペイン選手
永山の対戦相手は、世界王者のフランシスコ・ガリゴス(29=スペイン、ガルリゴス表記もあり)。終盤に寝技の攻防になり、ガリゴスが永山の首を絞めて動きが止まった。試合時間残り1分でこの審判は「待て」として両者を立たせようとしたが、永山が立てずに落ちて(失神して)いたのを見て、ガリゴスの勝利を宣告した。
柔道の締め技は、絞められた側が「参った」(相手や畳を手で叩く)をせずとも、審判が「落ちている」と判断すれば勝敗が決まる。危険防止のためだが、ガリゴスは「待て」の後も数秒ほど絞め続けていた。
永山はそのために落ちてしまったと怒り、畳からしばらく下りなかった。男子代表チームの金野潤強化委員長らが、永山の「待てって聞こえていた。(首が)絞まっているところに指を入れていたが、(『待て』と聞こえて)力を抜いた時にしっかり入ってしまった」などとする発言を聴き取って、同チームの鈴木桂治監督が審判団に抗議してビデオ判定となったが、判定は覆らなかった。
「待て」は単に動きが止まったから
柔道の絞め技は、審判にとって判断が難しい場合もある。
かつて筆者が選手として参加した国立七大学柔道大会で、畳にうつ伏せになり守っていた選手に相手選手がのしかかり、上から首を絞め続けるという場面があった。しかし、審判には顔が見えないため、落ちているかどうか判別できない。審判は自らも畳に顔を擦り付けるようにして必死に観察した。
それでも落ちているかわからなかったが、審判は「一本勝ち」とした。ところが、敗北した選手がよろよろと立ち上がり「落ちていない」と主張したため、審判が判定を取り消してしまった。両軍は大揉めしたものの、審判からすればあくまでも選手の安全を第一に考えた「一本勝ち」判定だった。稀に、押さえ込まれている選手が下から「十字絞め」で絞めている場合なども、審判にはわかりにくい。
同大会は勝ち抜き方式の団体戦。そのため筆者は、普段の練習時から「負けるにしても少しでも相手を疲れさせろ。絞められたくらいで『参った』をするな。絞めている側の腕も鍛えられない」と言われていた。根性のある仲間は落ちるまで頑張っていたが、筆者は多くの場合に「参った」をした。苦しいからではなく「意識を失ったまま死んでしまうのではないか」という恐怖感からだ。
「裸絞め」のような例外もあるが、基本的に柔道の絞め技は相手の襟で絞める。絞められた側は自分の柔道着で絞められることになる。永山が「指を入れていた」と言ったのは、「片手絞め」で自分の首を絞める襟を懸命に広げようとたことを指す。襟で絞められる場合、呼吸はできるが首の血管が絞め付けられて、血が脳に行かなくなり意識を失う。苦しくはないので「参った」をしないケースも多い。
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