「利益が前年比80%以上も増加」「アートを強みにブランディング」…なぜ斜陽の「百貨店」はV字回復できたのか

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 百貨店業界が「過去最高益」に沸いている。コロナ禍が明け、インバウンドによる需要が増したと一般的にいわれるが、意外にも増益のファクターとなっているのが「美術」だという。百貨店がアートと結びつき、強みにできたのはなぜか。知られざる内実を取材した。(山内宏泰/ライター)
(以下は「週刊新潮」2024年7月25日号掲載の内容です)

合併後最高益を記録

 すわバブル期の再来か?

 そう思わせる光景だった。ある初夏の平日、しかも午前中だというのに、日本橋三越本店を訪れると、どのフロアも買い物客で大にぎわいなのである。

 一時期は斜陽と呼ばれた百貨店業界が、このところ復調傾向にある。とりわけ三越伊勢丹ホールディングスの業績が好調だ。

 2024年3月期の総額売上高は、約1兆2246億円で前年度比約10%増。営業利益は約544億円、経常利益は約599億円でいずれも80%以上の増加。08年に三越と伊勢丹が合併して三越伊勢丹ホールディングスとなって以来の、最高益を記録している。

 要因は何か。まず小売・サービス業全体にいえることだが、コロナ禍明けの個人消費回復、インバウンド需要急伸の恩恵に浴しているのは確かだ。

 さらに独自の理由としては、経営戦略の的中が挙げられる。

 三越伊勢丹は22~24年度の中期経営計画で、「“高感度上質”戦略」「“個客とつながる”CRM戦略」といった言葉を掲げ、重点戦略を策定した。

 従来の百貨店商法は、顧客をマスと捉えて同一品種を大量に売っていくというのが基本形だった。これを転換し、個々の客のニーズに合った上質な商品を個別に提供するのを、根本の方針としたのだ。

 平たく言えば、上客に対して丁寧な接客・対応をすることで、たくさんお金を落としてもらおうといったところか。安売り路線に走って沈んでしまった西武百貨店との違いが際立つ。

 この戦略が功を奏した。一人の客が店を訪れて消費する額も、高額消費をする顧客数も、コロナ禍が明けてから明確に増加し続けているという。

 三越伊勢丹の「高感度上質」「個客」主義を体現する売り場が、日本橋三越本店本館6階にある。フロア面積の4分の1ほどを占めて展開される「アートギャラリー」だ。

アートを経営戦略に組み込む例も

 日本画、洋画、工芸、茶道具、西洋美術、現代美術と、ジャンルごとにスペースが設けられている。それぞれの展示は週替わりで回転し、トータルで年間300本超の展覧会が催される。もちろんどの展示品も購入可能だ。

 多種多様な美術品がそろっているのに加えて、文化勲章受章作家や重要無形文化財保持者(人間国宝)を含む、各分野の一流どころが出品している。アートギャラリーに足を運べば高感度で上質、かつ個人の趣味嗜好にぴったりの逸品と出会えるというわけである。

 他の売り場と同様、アートギャラリーは平日も客足が絶えない。三越伊勢丹の業績好調に美術の支えあり、である。

 近年、企業の「アート」への関わり方が変わりつつある。以前は「メセナ」と呼ばれる芸術文化支援の名目で、展覧会やイベントに協賛し、社のイメージアップをもくろむ企業が多かった。

 それがこのところは、関わりをさらに深め、アートを経営戦略に組み込む例も多くなっている。オフィス内にアート作品を配して社員の知見・創造性のアップを図ったり、ゼロからイチを発想する「アート思考」を取り入れるなどして、業績向上へとつなげようとする企業が増えている。

 社会や時代の先行きが不透明な昨今、従来のロジカルな考え方だけでは方向性を見いだせないので、アートが持つ自由な感覚や発想力を生かそうという気運が高まっているのだ。

 アートとビジネスが良好な関係を築く流れの先駆者であり、この分野のトップランナーとして実践を続けてきたのが、三越伊勢丹の「美術部」である。

 三越伊勢丹が手がける「アート事業」にはいかなる秘密があるのか。

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