「食事会に私だけ招待されず…」 アラン・ドロンと事実婚だったヒロミさんが明かす、子どもたちからの非道な仕打ち

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“パパは死ぬかもしれない”

 フランスを代表する俳優のアラン・ドロン(88)は、同じ映画界で働いた日本人女性のヒロミ・ロランさん(67)を長年にわたってパートナーとしてきた。が、ドロンの子たちはそれを認めず、法的手段を講じて彼女を父親のもとから追い出した。当のヒロミさんが、初めて騒動の真相を明かす【前中後編の前編】

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 2019年6月14日、脳血管障害で倒れたアラン・ドロンはパリ郊外の病院で静養していたが、リハビリのためにスイスのクリニックへ転院することが決まった。ところが直前になって容体が急変。パリ市内のピティエ・サルペトリエール病院に救急搬送された。その日、ドロンに会えず、何も知らないままパリ近郊の町・ドゥシーの邸宅に戻っていたヒロミさんには、午後9時過ぎにドロンの長女・アヌーシュカ(33)から電話が入った。

「彼女は“パパはいまから手術なの。死ぬかもしれない”と言うのです。私の頭は真っ白になりました」

“子どもたちがヒロミには来てほしくないと言っている”

 アヌーシュカから、ヒロミさんのもとに“手術は成功した”とのメッセージが届いたのは深夜だった。夜明けを待って車に乗り込み、パリへの道を急いだヒロミさんだったが、病院ではドロンの運転手兼ボディガードが待ち受けていた。

「そのボディガードが“医者からドロンという名の人間しか会えないと言われている”などと理由をつけて、私をアランと会わせようとしないんです。“それなら医者に私がアランのパートナーだと説明する。写真もあるし”と反論すると、彼は“いや、実は医者ではなく子どもたちがそう言っている”と、ようやく本当の理由を教えてくれました」

 あれこれ話をするうちに、ヒロミさんは子どもたちの真意に気付いた。

「残念なことですが、彼らは私をアランのパートナーとして認めていませんでした。私はそれをハッキリと自覚させられました。以前から思い当たるフシはありました。いつだったか、アランが子どもたちとパリで食事をするというのに、彼は私を誘わなかった。不思議に思って“どうしていつも誘ってくれないの?”と尋ねると、“子どもたちがヒロミには来てほしくないと言っているんだよ。ごめんね”と謝られたんです。私は“それなら仕方ないわ”と気にしないようにしていました。フランスでも、継母と子どもとの確執は珍しいことではありませんからね」

 さて、ドロンの手術は成功したものの、その後もしばらく昏睡状態が続いた。最初にアヌーシュカたちがヒロミさんに許可した面会時間は、わずか5分だった。

「私たちは未入籍でしたし、PACSも利用していなかった。それで医者に会うことも、病状を知ることもできず残念でした」

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