岸田総理の「国立公園に高級リゾートホテル誘致」で、日本が世界の笑いものになる

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開発を避け環境を保全するヨーロッパ

 イタリアでは100年以上前から景観規制が行われてきた。1909年に制定された「文化財の保護に関する法律」の保護対象が、1910~20年代にかけて、景観にまで拡大されたのが最初だった。1939年には「文化財保護法」と「自然美保護法」が制定され、美的および伝統的な価値がある場所の景観を損ねることが禁止された。

 たとえば、海岸部の景観規制では、開発可能な場所を限定し、地形との関係で建物の高さを規制し、工場地帯を海岸からも丘陵からも見えない谷沿いにするなどの工夫も重ねられた。また、「自然美保護法」では、景観を保全するために、不動産の私権を大きく制限できるとされ、制限を受けた不動産を許可なく壊したり、改変したりした場合は、自己負担による復旧が求められた。

 ただし、保護の対象が特定の場所にかぎられたため、対象外の地域では、景観を損ねる開発が行われることがあった。そこで1985年に成立したのが、起草者の名をとって「ガラッソ法」と呼ばれる景観保全法だった。この法律によって各州は、一定の地域で建築などの開発行為を一時的に禁止できる権限を得た。また、すべての州が景観計画の策定を義務づけられた。

 景観規制がきわめて限定的な日本に住む私たちからすると、イタリアの事例はかなり特殊なケースに映るかもしれない。しかし、欧州では多かれ少なかれ、同様の規制がもうけられている。

ありのままの姿を守り磨くのが世界水準

 むろん、国立公園などの自然公園も、景観等は厳しく規制されている。イタリアの、国立公園ではないが州立公園のゾーニングに関する資料がある。それによれば、公園内でもっとも規制が厳しいAゾーンでは、自然環境が完全保護され、Bゾーンでも新規建造物の建築や既存建造物の拡大は禁止されている。Cゾーンでようやく、公園設立目的に見合う建造物の新築および改築にかぎって限定的に許可されている。

 ほかの国の例も挙げよう。スイスの東端にある国内唯一の国立公園は、「すべての動植物が人間からのあらゆる干渉から保護され、自然の推移にゆだねられる保護区」と規定されている。このため、人工物は道路と登山道が1本、それに宿泊施設を兼ねたレストランが1軒あるだけだ。かつて営まれていた林業や鉱業なども禁止されている。

 欧州諸国の自然環境、および都市をふくめた景観を徹底的に守ろうという方向性こそが、今日、環境保全の先進的姿勢である。地球の環境資源が有限である以上、こうした姿勢は今後、ますます世界の潮流となる。それは歴史的景観、および自然の景観を守り、生物多様性を維持するためにも、人工物をあらたに足すことをできるかぎり避け、いまあるものを磨くというあり方である。

 日本でも環境保全が声高に叫ばれ、SDGsが流行にさえなっている。グローバルな環境への意識は高まっているはずなのに、それが身近な生活環境を守り、改善するという意識に結びつかないことが不思議でならない。

 環境庁のホームページには、国立公園について「自然の景観だけでなく、野生の動植物、歴史文化などの魅力に溢れています。(中略)世界にも類のない美しい自然を日本の宝として未来に引き継ぐ役割を担っています」と書かれている。そのような役割を負っているのであれば、国立公園の「魅力向上事業」とは、人工物を制限して、景観をさらにブラッシュアップし、動植物を人間の干渉から保護すること以外にはあるまい。ましてや、「高級リゾートホテルや大型複合施設の誘致」など、論外中の論外である。

 大型複合施設などをつくれば、国立公園は「ナショナルパーク」として「世界水準」から遠ざかる。そんなことをすれば、自然も景観も破壊されるだけで、外国人にとって魅力が増すどころか、環境保全に対してあまりに後進的な日本の姿勢が、世界の笑いものになるだけだろう。

 こうした噴飯物の指示を閣僚にする人物が、日本の行政の最高責任者であることが、私は日本人として心底恥ずかしい。こんな発想でいるかぎり、為替が円高に振れた途端、日本は外国人観光客にそっぽを向かれてしまうだろう。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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