実はよくできている「新宿野戦病院」 “社会が見て見ぬフリする闇”を見事に描いたクドカンのスゴさ

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 初回の微妙なドタバタ劇と小池栄子の耳障りな英語、塚地武雅の性別問答にへきえきして、視聴を断念した人に告ぐ。本懐はこれからだよ。

 色眼鏡で見られがちな新宿・歌舞伎町(普通に暮らしている人もいる)を、多国籍&無法地帯の歓楽街として、よりドぎつく装飾しつつも、よるべない人々の現実と救急医療事情を盛り込んでいく「新宿野戦病院」。そう、これ医療モノなのよ。

 私も初回は「ん?」と思ったが、小池の英語と隙間に差し込まれる岡山弁にハマった。どちらも破裂音と濁音が豊富で、自然と表情筋が激しく動く分かりやすい言語と気付く。平坦で生気のない標準語よりも勢いとたくましさが出る。的確迅速な元軍医の言語にふさわしい。

 舞台は歌舞伎町にある病院。他の医療機関で受け入れ拒否の患者しか運ばれてこないうえに、診療費を支払えない患者も多く、どっぷり赤字経営。外科医の院長(柄本 明)はその昔、歌舞伎町の赤ひげと呼ばれていたが、外科の後継が不在。

 娘(平岩 紙)は医大受験するも5浪の末、医師を断念。同じく医師にならなかった弟(生瀬勝久)は守銭奴コンサルで、赤字経営の病院をつぶそうと画策。その息子(仲野太賀)はかろうじて医師だが、美容皮膚科を選び、チャラついて港区女子とギャラ飲みする道楽息子だ。

 そんな折、謎の女が急性アルコール中毒の疑いで運ばれてくる。それが元軍医でアメリカ国籍の小池。実は救命第一、迅速な診断と処置ができるすご腕外科医。命は救うが治療はかなり雑。

 待望の外科医だが、日本では無免許。そんな彼女が病院の、いや歌舞伎町の救世主となるか……っつう物語。

 もうひとり、NPOで困窮者や家出少女を保護する活動をする一方、3年先まで予約が埋まっている1回120分15万円のSM女王様。演じるのは橋本愛。どちらにせよ人を救う役どころだ。

 第1話では暴対法施行の影を描いた。居場所を失った元ヤクザ(花王おさむ)が外国人を逆恨みして襲撃。第2話で登場したのはいわゆるトー横キッズ。伊東蒼が演じる少女は家出と万引き、鎮痛剤の大量摂取を繰り返す。母(臼田あさ美)の彼(趙たみ和)から性的虐待を受け、人生に絶望していた。

 茶化しているように見える医療コメディーだが、救急患者の受け入れ拒否の実態、美容医療丸儲けの闇、不法滞在の外国人の不安に、夜の経済が回る皮肉な仕組みなど、社会が見て見ぬフリをする断片をうまいことつなぎ合わせて一枚絵に仕立てるクドカンの手法はお見事。

 歌舞伎町を俯瞰する交番の巡査(濱田 岳)が第3話で放った言葉には思わず膝を打った。ヤクザが暴力と恐怖で支配していた頃の歌舞伎町は、大人も子供も怖がって、ある種の秩序が保たれていたが、今は無法地帯でやりたい放題。叱る大人も不在、子供が集まって犯罪に巻き込まれると解説。都政の失敗とも思うんだが。

 美容整形クリニックと消費者金融のCMが入る皮肉も含め、不平等な社会の上澄みと深掘りをお届け。同情や共感は不要、正解も求めない。一種のノンフィクションと心得て、観ている。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2024年8月1日号掲載

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