間男になって「初めて人の役に立った」 “不倫と再婚”で46歳夫が確立したアイデンティティと人間観

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悪い気持ちではなかった

 その後の様子から、歌織さんはどうやらあのとき、男と駆け落ちしたのではないかと彼は感じた。数年、一緒に暮らしたのかもしれない。卓磨さんの家から持ち出した家財道具とともに。だが別れたのか死なれたのかはわからないが、またひとりになった。そこで卓磨さんのもとへやってきたのだろう。離婚届を出さなかったのは、こんな日がくるとわかっていたからなのだろうか。

「オレのことを御しやすいタイプだと思ってるんだろと、あるとき歌織に言ったんです。すると彼女はきょとんとして、『卓ちゃんはいい人だよ。信頼してる』と、無邪気に言ったんですよ。いい人ということは御しやすいということなんだろうけど、歌織が最後に頼るところが僕だったんだというのは悪い気持ちではなかった。僕の存在価値を確かめることができたような……。結局、子どものころからずっとひきずっている自分の存在価値を、ユカリや歌織が証明してくれたと感じました」

 それから5年あまり、ふたりはケンカすることもなく暮らしている。2年前、卓磨さんは43歳にして「パパ」になった。子どもをもつのが恐怖でしかなかった彼なのに、歌織さんはいとも簡単に「子どもって無条件にかわいいじゃん」と彼のハードルを取り払ってしまった。

「歌織はもともと自分の欲望に忠実でしたが、30代になってさらに邪気がなくなった。不思議な女性です。本当は僕、もっと彼女に対して怒ってもいいと思うんだけど、彼女の笑顔を見ると怒れない。子どもにも『ダメなものはダメなの』と諄々と言って聞かせるタイプなんですよ。決して感情的に怒ったりはしないけど、それが子育てのルールだと思ってそうしているわけではなく、目の前の子をおもしろがってじっくり待ったり言い聞かせたりしているだけ。不思議な人間力というか、動物力を感じますね」

人間ってろくでもねぇな

 今年の春、ユカリさんが帰国した。彼女は歌織さんと違って、ひどく疲弊していたという。赴任先でも夫の浮気はやまなかった。慣れない異国の地で子どもを抱えての生活、夫への不信感で彼女はげっそりと痩せていた。

「経済的に離婚できないというから、だったら心の中で夫を切り捨てて、子どもとの生活を楽しめばいいと言いました。僕が力になるよとも言ってしまった。ピロートークで」

 歌織さんとの結婚生活を大事にしながら、彼もまた浮気をしているのだ。どういう図式でこういうことになるのだろうか。

「そうですよね……。なんかね、最近思うんですよ。人間ってろくでもねぇなって。親を見てもそうだし、自分の生き方も結局、ろくでもないものだなと。だから子どもには何も強要できない。子どもは子どもで自分の責任においてがんばって自由に生きなさいとしか言えないです。僕は僕で、これからもこんなろくでもない生き方をしていくんでしょうけど、ひとつよかったのは、人間は生きててなんぼだなと思えるようになったこと。ろくでもないけど、それなりに人生楽しいなと今は思ってる。それがうれしくもあるんです」

 生きていてよかった。それが人間の原点なのかもしれない。そう思える瞬間があれば、人生は大成功なのではないか。幸せのハードルは低いほうがいい。

 ***

 紆余曲折を経て、自分なりの“幸せ”を見つけた卓磨さん。【前編】では、彼の性格を決定づけた少年時代の悲劇について触れている。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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