「ミニスカポリス」で一世を風靡 46歳・来栖あつこの今、結婚相談所を立ち上げ「未婚の男女を救いたい」
18歳の時に芸能界デビュー
女優でタレントの来栖あつこ(46)。現在は、結婚相談所「W」で代表も務めている。18歳の時に芸能界デビュー後、26歳の時にアパレル業界に飛び込んだ。 「ミニスカポリス」として一世を風靡した来栖はなぜ、芸能界から転身したのか。(全5回の第1回)
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――最近の活動について教えてください。
2023年に結婚相談所を立ち上げて、そこの代表をしています。2006年に始めたアパレルのPRの仕事も引き続き行っています。芸能活動はほぼ“趣味”のような感じですね。以前は、芸能活動が主だったのですが、今は自分のやりたいことだけを仕事としてやっています。例えば、ドラマや映画だと長期で拘束されるので、基本的にはバラエティの単発のような仕事が多いです。
――本業はアパレルのPRの仕事ということでしょうか。
そうですね。昔からアパレルブランドが好きだったんです。26歳からアパレル業界で働いていますが、PRとして、メディアに出ることもありました。キャラバンを組んで、雑誌社を回ったりもしています。
――もともとは何の仕事をやりたかったのでしょうか。
ファッション誌の編集者になりたかったんです。ファッション雑誌の編集などを学ぶ短大に入ったのですが、4日しか通えませんでした。というのも、18歳の時に受けた戦隊モノのオーディションに受かってしまったので、学校に行けない状況となり、早々に退学して芸能一本になりました。
――芸能界入りしても、夢をあきらめなかったのでしょうか。
アパレル系の仕事に携わりたいという夢は、芸能界に入ってからも全然ぶれていません。20代中ごろから、芸能活動が落ち着き始めたので、次に何をやろうかと考えました。その時に、周りのみんながどんどんキャリアアップしているのを見たんです。ノンキャリで初めてのことに飛び込むんだったら、年齢的にギリギリだと思い、26歳の時に、芸能活動をひっそりとストップしました。
26歳の時、アパレル会社に就職
――その後、アパレルの会社に就職したんですね。
はい。レディースのセレクトショップで、販売員として銀座の路面店の店頭に立ったこともあります。でも、色々と気づかれることが多くて…。レディースアパレルでしたが、彼氏と一緒に来る女の子が多かったんです。すると、彼氏の方が私に気づいて『どこにカメラがあるんですか?』と聞かれたりして……。お店に迷惑がかかると思い、3ヶ月ぐらいで店頭に立つのはやめました。
――その後は?
別のアパレルの会社に移って、その本部でPRを担当しました。
――ファッションにはいつから興味を持ち始めましたか。
小さい頃からですね。おしゃれが大好きで、小学1年生の頃から私服にこだわっていました。毎日、同じ服は着たくなかったんです。その頃は、今のように子供服の種類が多くありませんでした。母がはいているタイトスカートをどうしてもはきたくて、手作りで作ってもらったりしていました。
――影響を受けた人はいますか?
小学4年生ぐらいの時に、工藤静香さんを参考にして、前髪を立ち上げたりしていました。お仕事でご一緒させていただいた元CoCoの三浦理恵子さんに憧れていました。ザ・アイドルみたいなぶりぶりした格好をしたいなあと思っていました。
――2023年に結婚相談所を立ち上げた経緯を教えてください。
私が晩婚(40歳の時に結婚)だったので、未婚の男女を救いたいと思ったからです。会社化はしていませんが、個人で運営しています。マンツーマンでサポートしているので、自分が抱えられる人数だけサポートをしています。
――どのようにマッチングを行っていますか。
大手の結婚相談所連盟に加入しています。そこに登録して、自社の会員同士をマッチングしています。日本だけでなく、世界中の人とマッチングできる仕組みです。運営から1年になりますが、1組のカップルが結婚されています。
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