屈辱のセレモニーから17年…かつて伊東勤氏がファンに「西武復帰は、絶対にない」と断言したワケ

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選手目線に合わせる

「投手陣の強化、外国人助っ人を中心とした大砲の獲得などなど、今の西武の課題を挙げればキリがありませんが、とにかく大事なことは80~90年代の“黄金時代”をほうふつとさせる、強いチームにすることでしょう」(前出・スポーツ紙記者)

 伊東監督の後を受けた渡辺監督は、就任1年目でリーグ優勝・日本一に。選手の個性を尊重し、自身が現役の時は当たり前だった先発完投を無理に投手に求めることはなかった。『寛容力 怒らないから選手は伸びる』(講談社)なる書籍も出版し、新しい監督像を提案した。

「しかし、その方針が限界に来ていることは今の成績を見れば明らかです。例えば一死一、三塁でバッターが一塁後方へファールフライを打ったとします。浅いフライなら相手の野手は、ランナーは動かないと思うでしょう。しかし、そこで一塁ランナーはタッチアップで二塁を狙うように走るか、途中でわざと転んだりする。野手は二塁へ送球しますが、その送球するタイミングを見計らい、三塁ランナーが本塁を落とす……伊東氏も著書で指摘していますが、こうした1年に一度あるかどうかというプレーでも、あらゆる場面を想定して、キャンプ中から徹底的に練習していたのが、かつての西武でした。また伊東氏は現役時代、打順は下位でしたが通算犠打はパ・リーグ記録の305。球界屈指の名捕手でありながら、しっかり送りバントを決めることができる選手だった。1点を確実に取り、それを守る。基本中の基本からチームを鍛え直す監督には、最適任ではないでしょうか」(同)

 伊東氏は前掲書の中で「選手目線に合わせる」ことの必要性を書いている。最初の頃は特に捕手に対して厳しく当たる傾向が自身にはあり、配球を巡って厳しく叱責したこともあるという。しかし、ある時期、「これはダメだ」と気付いたという。

《そこで選手を上から見ていた視線を、選手と同じ目線に下げました。選手は今、未熟でも「これから成長していくんだ」と自らに言い聞かせるようになりました。そこから一気に気が楽になりましたね》

 伊東氏をよく知る記者によると、西武監督時代の伊東氏は長く正捕手の座を守ってきた自信とプライドもあり、練習でもミーティングでも、厳しさが前面に出ていた。距離を置きたがる選手もいたというが、それがロッテ監督になってからは、

「すっかり丸くなったと思います。報道陣に対しても同様で、石垣島キャンプの最終日に、報道陣全員に頭を下げて取材のお礼をしていた姿をよく覚えています。西武監督時代は裏金問題など球団にも色々あり、何かとストレスがたまることが多かったと思います。あれから時間も経ち、球団スタッフも入れ替わりました。伊東さんも色々な経験や知識を積んで、より指導者として実力をつけているはずです。ファンが望む、絶対的に強いライオンズに再生するには、もってこいだと思います」(同)

デイリー新潮編集部

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