「高級腕時計」を扱う店から“接客のプロ”が消えた深刻な理由…「いまの店員は自動販売機」との声も

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接客のプロを育成すべき

 これは筆者が実際に廃業した時計店の店主から聞いた話だが、同様の事例は全国にたくさんある。しかし、若いメーカーの社員は、そんな時代があったことを知らない。最初から自社の腕時計は人気があったと、本気で思っている人までいる。そのため、バッサリと切り捨てができてしまうのかもしれない。

 人気がなかった時代から惚れ込んで販売してきた時計店からは、ブランド側の冷淡な扱いに対し、恨み節が聞こえてくる。資本主義の原理といえばその通りだが、筆者は、果たしてそれでいいのだろうかと思ってしまう。接客や知識の技術継承がまったくできていないのだ。

 あらゆる業界で人員削減の動きが盛んになっている。最近騒動になっている鉄道会社のみどりの窓口の削減などは、その最たる例であろう。腕時計の世界では、内部の機械を組み上げる職人や、修理に従事する職人の仕事がプロフェッショナルとして注目されることが多くなっているが、接客業もプロフェッショナルなのである。

 今の時計店は「店員が自動販売機のようなものだ」と揶揄する人がいたが、ただモノを売るだけの店になってはいないだろうか。ブランド側も、接客のプロを育てる努力を怠ってきた面は否定できないのではないか。

ブームが去った後が心配

 昨今、社会情勢の不安ゆえに現物資産が注目され、腕時計は投資対象の一つとなり、目下高騰が続いている。筆者の周りでも、コロナ騒動中の株価の上昇で億を稼いだ投資家や、コロナワクチン接種事業で富を築いた医師などが腕時計を買い漁り、新品のまま金庫に寝かせている人が何人もいる。ブランドによっては、店員がいなくても、黙っていても売れるような状況にある。

 しかし、この腕時計ブームもいつまで続くかわからない。バブル期の美術品や昨今のポケモンカードなどが象徴的な例だが、将来の値上がりを見越して購入した人は、値段が下がっていくとあっけなく手放していく。ひとたび市場が荒らされまくると、ペンペン草も生えない悲惨な状態になってしまう。

 筆者は、現在の腕時計人気の土台は、老舗時計店の店員の努力によって作られたと考えている。しかし、今やそうした老舗は消滅しつつある。腕時計業界は、ブームが終焉した後に、新たなファンを開拓できるレベルの接客が可能だろうか。接客の人材育成の在り方について、今一度考える必要がありそうだ。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部

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