「高級腕時計」を扱う店から“接客のプロ”が消えた深刻な理由…「いまの店員は自動販売機」との声も

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信頼できる店員から買いたい

 筆者は基本的に、ラグジュアリーブランドは信頼できる店員から購入したいと思っている。20代後半の頃はルイ・ヴィトンをある百貨店のブティックから定期的に買っていたが、長年担当していた店員が様々な事情で退職すると、一気に買う気がなくなってしまった(価格が上がりすぎてついていけないという金銭的理由も大きいが)。信頼関係を築いてきた店員がいなくなった喪失感は想像以上に大きいものだった。

 ラグジュアリーブランドであればあるほど、マニュアル通りの対応ではなく、心のこもった対応が求められるのは言うまでもない。ましてや、腕時計は相当マニアックな品物だと思う。前出の医師のように割り切って店員と付き合う人もいる一方で、信頼関係を築いた店員から買い続けたいという人も多いのではないか。

 だが、時計店は店員の入れ替わりが非常に激しい業界といわれる。具体的な統計データこそないものの、コレクターであれば実感している人も少なくないだろう。例えば、前出の医師の担当者は、10年の間に5回ほど変わったという(実際はもっと多いかもしれないという。すぐに辞める人が多いから、いちいち数えてないらしい)。「来週から別の担当者が対応します」と、いきなり辞められることもあるそうだ。

 もっとも、店員の教育に力を入れている時計店もたくさんある。その一方で、腕時計に限ったことではなく、カードゲームでも、アニメグッズでもなんでもそうだが、“黙っていても売れる人気商品”を扱っている店は、総じて店員教育を軽んじ、結果、店員の知識や商品への情熱が少なくなっているケースが多いようだ。

不人気モデルを熱意で売った時計店

 現在、プレミア価格で取引されているあるブランドの時計は、実は1970~80年代には恐ろしいほど人気がなかった。その人気のなさは、今では伝説と言われるほど。東京の富裕層の間では金無垢のモデルが流行していた時代、斬新なデザインで知られるそのステンレス製の腕時計はまったく人気がなく、問屋も扱いに困っていたという。

 万策尽きた問屋の営業担当はイチかバチかで、ある地方の時計店で頭を下げた。在庫になっていた腕時計を引き取って、売ってくれないかと話したのである。時計店の店主は、一目見てその腕時計の虜になった。純粋にかっこいいと感じたという。自分が惚れ込んだ腕時計である。絶対に売ってやろう、と思ったそうだ。

 店主は地域の農家や医師に積極的に営業を仕掛け、農家の会合や、地域の運動会にも足を運んで行商のように売り込んだ。すると、腕時計は次々に売れ始めた。今や、その腕時計は超希少モデルとしてファン垂涎の存在になっているが、店主の先見性と審美眼は凄まじいものがある。

 その時計店は今、どうなっているのか。なんと、あれほど売り上げに貢献したはずのブランドから、問屋経由で事実上の取引中止を宣告されたというのだ。他に扱っていたブランドも同様の扱いとなり、末期の店頭には雑貨店で売っているような2000円くらいの腕時計が並ぶ有様であったという。後継者もいないため、店主は数年前に店を閉めてしまった。

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