「脳外科の教授」だった父から衝撃の一言 元日テレ・魚住りえアナ、「自己否定」が激しい性格に

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ギャラ交渉も全部自分

 振り返ると、アナウンサーになって、時の流れに乗る形で、決して自分の実力ではないところで仕事をさせて頂くこともありました。フリーになってからも順風満帆だったわけではありません。一時は仕事がなくなり精神的に追い詰められて、「半年後、私はこの家に住めているんだろうか」と心配になり、眠れない日もありました。

 出版から9年が経ち、今は毎日穏やかに過ごしています。家族には本当にいっぱい支えてもらいました。感謝しかありません。

 多くの方からも助けを頂いて、これまでやってきましたが、日々の業務は全部一人で対応しています。マネージャーもいません。サイトからの問い合わせや電話の対応もしますし、ギャラの交渉も全部自分でやっています。

 今でこそ女性が働くのは当たり前の時代になりましたが、父には先見の明がありました。昔から「社会で女性がもっと活躍してほしい」と考えていて、小さい頃から、姉や私に仕事をもつ大切さを説いてくれました。

 そこは“昭和”ではありませんでした。父の周囲には、非常に優秀な女性の医師が多く、看護師さんたちも非常に優秀だったそうです。「過酷な状況で働いている看護師たちの給料は、もっと高くあるべきだ」とか、「医療現場において、女性医師が働きやすい職場にするべきだ」といつも言っていました。

 父の顔を思い出すたび、「志高く、視野を広く。どんなときも、前を向いて溌剌と生きよ」と背中を押されています。

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 第3回では、魚住さんが日テレ退社後、お金に苦しんだ時期について語る。

魚住りえ
1972年、大阪府生まれ、広島県育ち。95年日本テレビに入社。「ジパングあさ6」「所さんの目がテン!」などを担当。2004年に日本テレビを退社し、フリーで活動する。著書に『たった1日で声まで良くなる話し方の教科書』など。

デイリー新潮編集部

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