AKB48大ヒットの立役者が明かす“『RIVER』は「数十回直した」” 秋元康とミリオン連発…劇場客を“ドン引き”させた経験も

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秋元康は「アニキみたいな存在」。ひとつの楽曲を数十回、直したことも

 それにしても、7作ものミリオンシングルでタッグを組んでいる井上にとって、秋元康とはどんな存在なのだろう。

「秋元さんとは10歳違いなんですが、アニキみたいな存在ですかね。例えば、第4位の『RIVER』は数十回直していますが、秋元さんにひとつ“違う”と言われたら、僕も“ここを直したい”、“そこも直したい”と返すのですが、秋元さんも決して妥協せずに、“ここズレてる”、“そこもズレてる”と、さらに直し出すんです。でも振り返ってみたら、やっぱり良い曲になっていて、いつも感謝しています。きっと言うほうも相当、面倒くさいと思うんですよね。

 秋元さんとのAKB48関連の仕事のきっかけは、‘05年頃。僕が海外移住しようと思っていた矢先に、マネージャーさんから電話がかかってきて、“とにかく、AKB48劇場を見てくれ”と。それで移住前に、最後の仕事のつもりで見たら、その面白さにハマりました。当時の秋元さんは、劇場公演用の楽曲の歌詞を書いても書いても足りない状況だったので、僕に作曲の依頼をしてくれて。それで2年だけ頑張るつもりだったのに、『大声ダイヤモンド』がヒットしてしまって(笑)、今に至ります」

 井上は、‘24年のシングル「カラコンウインク」 「恋 詰んじゃった」の作曲・編曲も手がけており、この秋元康×井上ヨシマサの黄金コンビでの楽曲が、サブスクでも新たなヒットとなるか期待したい。

映画やアニメの主題歌、母の死がきっかけで作ったCMソングも人気に

 さて、ここからは、AKB48グループ以外の人気曲も見ていこう。その中でのSpotifyランキング最上位は、第9位のCHEMISTRY「最期の川」(映画版『象の背中』主題歌)。 本作は、第16位の「旅立つ日」(オリジナルのJULEPS版が未配信なので、クリス・ハートのカバーがランクイン)共々、天国に旅立つ人からのメッセージソングで、言葉がストレートに伝わってくるバラードだ。

「まず『最期の川』を書いた時、これで俺は作家を引退するのでは……と、自分の中でも遺言を残せたくらいの達成感がありました。そうしたら秋元さんから、アニメーション版の『象の背中』でも同じテーマで作ってくれないかと言われて。“何回、遺言を書かせるねん!”と思い一度お断りしたのですが(苦笑)、しばらくして『旅立つ日』のメロディーが浮かんできました。秋元さんはビジネスマンとしても超一流ですが、その制作の根底にあるのは、あくまでも人と人との愛情や人情だと確信できる2曲です。」

 ちなみに、井上の新作では、「旅立つ日」をJULEPSのメンバーである松山優太とデュエットし、温かい歌声を披露している。

 続いて第12位には、‘90年の森川美穂のシングル「ブルーウォーター」がランクイン。アニメ『ふしぎの海のナディア』のオープニングテーマにふさわしく、森川の高音が気持ち良く伸びる爽快ナンバーだ。

「実は‘80年代は、歌い手やディレクターの顔も知らずに、あまりにも大量の仕事をこなしていたんです。それで事務所を移る際に、“これからは、自分で最終形まで見届けられる仕事だけをやっていこう”と心に決めて、そんな時期に依頼されました。大海原が舞台のアニメですし、森川さんもめちゃくちゃうまいと知っていたので、シンプルに良い曲を作りました。だから、彼女に合わせて作ったというよりも、自分の思うままに書かせてもらったものを、“森川美穂だからこそ、そのまま世に出せた”という感じですね。このランキング表にあるように、作詞家、編曲家、歌手、そしてその時々のスタッフなど、いろんな方がいるからこそヒットが生まれているんだなと、改めて感謝の気持ちが湧いてきますね」

 第21位と第29位には、‘89年の特撮テレビドラマ『高速戦隊ターボレンジャー』の表題曲と、エンディング曲「ジグザグ青春ロード」がそれぞれランクイン。この2曲、子ども世代に合わせて覚えやすくした当時の戦隊モノとは一線を画する、ダンサブルでカッコいい作風なのだ。お使いのサブスクでぜひ聴いてもらいたい。

「これは、あえて“子どもが歌いやすいもの”ではなく、“子どもも歌いたくなるもの”を作ったんです。そうしたのは、小学生4年生のころ、ジャズがやりたくてブラスバンドに属していた時、先生から、“真夜中の高層ビル街で、クルマから斜めのサーチライトが照らされ、そこに女の人が立っている。そんなイメージがジャズなんだ”と言われたことが原点なんだと思いますね。子供は大人から与えられたものを欲するのではなく、自分が好きなものを判断する力を生まれつき持っているものなのです」

 さらに、井上は、 ♪夢中で頑張る君へ~♪ というCMソングでおなじみの『それぞれの夢(レオパレス21のうた)』も作詞・作曲を手がけ、自ら歌唱している。母の死がきっかけで作ったという‘04年当初は、3か月間のオンエアで終わる予定だったのに、あまりに好評で10年以上もさまざまなアーティストに歌い継がれ、今では社歌のように扱われているそうだ。

 井上はAKB48だけでもヒット曲が大量にあるのに、レクイエムとなりそうなバラードや、突き抜けるハイトーンのアッパーチューン、決して子供だましではない特撮ヒーローもの、そして長年愛されるCMソングと、そのレパートリーの広さに驚かされる。それと同時に、彼が手がけてきた仕事には、必ずそこに葛藤や決意など、並々ならぬ想いが詰まっているというのも、私たちに大切なことを教えてくれる。

 次回は、新作アルバム『再会 ~Hello Again~』について、より詳しく尋ねてみたい。

《INFORMATION》
CDアルバム『再会 ~Hello Again~』発売中!

【収録曲】
1. Someday(小泉今日子・井上ヨシマサ) 作詞:美夏夜 作・編曲:井上ヨシマサ
2. EXCUSE(植草克秀・井上ヨシマサ) 作詞:及川眠子 作・編曲:井上ヨシマサ
3. Rosa(中山美穂・井上ヨシマサ) 作詞:一咲 作・編曲:井上ヨシマサ
4. 旅立つ日~完全版(松山優太・井上ヨシマサ) 作詞:秋元康 作・編曲:井上ヨシマサ
5. ブルーウォーター(森川美穂・井上ヨシマサ) 作詞:来生えつこ 作・編曲:井上ヨシマサ
6. GIFT(広瀬香美・井上ヨシマサ) 作詞・作曲:広瀬香美 編曲:井上ヨシマサ
7. Everyday、カチューシャ(高橋みなみ・井上ヨシマサ) 作詞:秋元康 作・編曲:井上ヨシマサ
8. サステナブル(矢作萌夏・井上ヨシマサ) 作詞:秋元康 作・編曲:井上ヨシマサ
9. 25ans(野村義男・井上ヨシマサ) 作詞:野村義男 作・編曲:井上ヨシマサ
10. バックステージ(郷ひろみ・井上ヨシマサ) 作詞・作曲・編曲:井上ヨシマサ

(取材・文:人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)

井上ヨシマサ(いのうえ・よしまさ)
東京都出身。1966年生まれ。シンガーソングライター・作詞家・作曲家・編曲家。大阪芸術大学客員教授。‘79年にコスミック・インベンションのメンバーとしてデビュー。その後は主に作曲家として活動し、荻野目洋子「スターダスト・ドリーム」、小泉今日子「Smile Again」、光GENJI「Diamondハリケーン」、中山美穂「Rosa」などの楽曲を提供。‘07年以降、AKB48の作曲・編曲を開始。「Everyday、カチューシャ」「Beginner」等多くのミリオンヒットを手がける。‘12年の「真夏のSounds good!」で第54回日本レコード大賞を受賞。他にも日本ゴールドディスク大賞、JASRAC賞など受賞歴多数。東京2020オリンピック聖火リレー公式BGM作曲。

臼井孝(うすい・たかし)
人と音楽をつなげたい音楽マーケッター。1968年、京都市生まれ。京都大学大学院理学研究科卒業。総合化学会社、音楽系の広告代理店を経て、'05年に『T2U音楽研究所』を設立し独立。以来、音楽市場やヒットチャートの分析執筆や、プレイリスト「おとラボ」など配信サイトでの選曲、CDの企画や解説を手がける。著書に『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』(いそっぷ社)、ラジオ番組『渋谷いきいき倶楽部』(渋谷のラジオ)に出演中。データに愛と情熱を注いで音楽を届けるのがライフワーク。

デイリー新潮編集部

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