なぜ「日本のアニメ」はサウジアラビアを熱狂させるのか? 「クールジャパン」を凌駕する、外務省「アニメ文化外交」の知られざる功績

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翻訳や吹き替えに予算を投じるべき

 このような文化外交の成功について、A氏はクールジャパンが始まる以前に、“オタク外交官”と評された、元駐ブラジル特命全権大使・山田彰氏らの功績も大きかったと見る。そして、この頃には日本のアニメを海外に輸出するため、具体的な協議も進んでいたという。

「当時、アニメの吹き替えや翻訳の支援を強化するべきだという検討が、政府内でなされていたと聞きました。そうした形で日本の作品をセールスすることこそ、クールジャパンの一丁目一番地であるべきです」

 A氏は、「翻訳や吹き替えこそ、大々的に予算をつけて国策として推進されるべきだ」と話す。というのも、これまで日本のアニメが、日本の文化を世界に紹介した功績は計り知れないと考えるためだ。

「政府が今、クールジャパンの例として挙げているものに、弁当箱、部活、地域の伝統的な食べ物や行事などがあります。それらをアニメから知った外国人は、凄まじい数に上るのではないでしょうか」

 NHKで放送された「所さん!大変ですよ」という番組では、アニメ「Kanon」の登場人物の好物が“たい焼き”だったことが注目され、アメリカでたい焼きブームが起きたと紹介された。「Kanon」は2002年に第1作を東映アニメーションが、2006年に第2作を京都アニメーションが制作した。日本文化を海外に紹介したアニメは、他にもたくさんあるのだろう。

クールジャパンの趣旨が一変

 一連の外務省の文化外交は、クールジャパンのお手本と言えるものであろう。ただ、当時はまだ国策としてのクールジャパンの事業は始まっていない。もちろん、現在のクールジャパン機構とは直接的な関係はないものだ。

 クールジャパン戦略は民主党政権下の2010年、内閣府知的財産戦略推進事務局によって開始された。その後、自民党政権下でクールジャパン担当大臣が誕生する。経済産業省の主導で、クールジャパン機構が設立されたのもこのときである。

 当初の“アニメ文化外交”の指針を受け継いでいれば、もしかすると成功した可能性もある。ところが、蓋を開けると、クールジャパン機構の代表にはファッション業界の出身者が就任。「クールジャパン機構に出資する各企業が売りたい商品を、クールジャパン戦略の名のもと、国の支援で売り出す」という実態になっていった。

「先述の櫻井さんが2015年に不慮の事故で亡くなったのも大きいと思います。クールジャパンの中心に、アニメ文化外交に深く精通し、コンテンツ業界に愛情を持った人がいなくなった。その後はハゲタカがやってきたような状況です」と、A氏は分析する。

 結果、果たしてこれがクールジャパンなのか、と思わずにいられない事業が推進された。マレーシアには日本の音楽を紹介する劇場が建設され、ある年は年間56回の公演があったが、肝心の日本人の公演はわずか1回ポッキリだったという。吉本興業とNTTが組んで海外に対して教育事業を行い、日本を紹介してもらおうという事業にも支援がなされた。

 アニメに関する事業はといえば、約10億円を出資して、アニメ配信会社「アニメコンソーシアムジャパン」や、約44億円で衛星放送会社「WAKUWAKU JAPAN」が立ち上げられたが、いずれも失敗に終わった。日本のアニメを配信し、利益を得たのはNetflixのような巨大プラットフォーマーであった。その一方で、国内のアニメ業界は軽んじられ、現場にはほとんど支援が行き届くことはなかった。

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