坂本龍一は「やさしい人」「朝ドラを観ながら朝食を食べていた」 盟友・大貫妙子が振り返る“巨匠”の素顔と14年前の名盤

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相手の呼吸を知ることで同じテンポになる

「ヘッドフォン越しの気配ですね。伝わってきますね。でも、普通のライブでピアノと歌だけの時も結局は同じ。やっぱり呼吸みたいなものがあるのね、人って。だから、その相手の呼吸を知ることで、一緒にそのテンポになっていくっていうことだと思う」

 7月15日のトークイベントに登壇した大貫妙子さんは、北海道札幌市の芸森スタジオで行った坂本龍一さんとのレコーディングを静かに振り返った。当時制作したのは、ピアノと歌だけで構成されたコラボレーション・アルバム「UTAU」(2010年)。スタジオではそれぞれ別のブースで同時に演奏するため、ヘッドフォン越しに伝わる坂本さんの気配を感じ取り、テンポを合わせる必要があった。

 大貫さんが坂本さんの曲を歌うというコンセプトで作られたこのアルバムが、令和の今に再注目されている。きっかけはアナログレコード盤化とライブ映像のBlu-ray化。坂本さんが音響監修を務めた映画館「109シネマズプレミアム新宿」ではライブ映像の特別上映(25日まで)も行われ、大貫さんのトークイベントはその一部だった。

 坂本さんが「曇りのない正確な音」を目指した映画館でよみがえるのは、坂本さんがグランドピアノの前に座り、大貫さんがその脇に立つという2人だけのシンプルなステージだ。アンコールと坂本さんのピアノソロパートを含めた全22曲が演奏されるものの、坂本さんのピアノはいわゆる「歌の伴奏的なモノ」ではない。

「対等」な2人が織り成す音色

「普通の伴奏だと逆にテンポが出てしまう。こういうシンプルな歌と演奏の時は、お互いに寄りそうように、ちょっと速くなったり遅くなったりしながらも1つの世界っていうか、そうしたものを作れたほうが私は美しいと思っているので。そういうふうにできる相手と演れることのほうが、幸せだと思うんですよね」(トークショーでの発言、以下同)

 大貫さんの言葉の通り、坂本さんのピアノと大貫さんの歌は、ともに導き導かれるようにして曲の世界を作り上げていく。その様はまるで、ピアノの音と歌声で織られた1枚の美しい布が、ステージ上から客席に向けて静かに広がっていくかのようだ。

「突然インプロヴィゼーション(即興演奏)みたいになっちゃうことがあるんですよね。曲によっては、彼の。『ええ?』と思ったこともありますけど、もうとにかく淡々と歌う、どんなに彼が自由になっても……というのは何回かありました。(坂本さんが)飽きちゃうんじゃないですかね。彼自身がアーティストであり、いわゆるバッキングをするミュージシャンではないので、私も。だから対等だし、『私の伴奏だけしてくれてありがとう』っていう感じにはまったく思っていないので、それはもう自由にやっていただいて」

 せめぎ合うでもなく、競い合うでもなく、ただ美しく絡み合っていく音たち。坂本さんが音響監修を務めた映画館では、その響きのひとつひとつが見事に再現されている。

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