「ドイツとイスラエルのどちらにも完全には属せない」ユダヤ人の緊張と諦念 古市憲寿が3度目の“ベルリン・ユダヤ博物館”で感じた「二者択一を迫る世界」の恐ろしさ

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 同じ場所を訪れても自分や時代が変われば、違う発見がある。久しぶりにドイツのベルリン・ユダヤ博物館に行ってきた。

 1度目は戦争博物館について調べている時だったから、どのようにホロコーストが扱われているのかが興味の中心だった。アウシュビッツと違って、虐殺の直接的な写真や説明が少なく、展示のスタイリッシュさが印象に残った。

 2度目は現代芸術家の友人と一緒に行ったので、顔の形をした鉄板の敷き詰められたインスタレーション「記憶のヴォイド」や、高さ24mのホロコーストタワーなど芸術や建築についてよく覚えている。

 そして3度目となる2024年初夏。昨今、「ユダヤ」といった時に、真っ先に想起するのはイスラエルとパレスチナの軍事衝突である。今回、ベルリン・ユダヤ博物館で感じたのは、今まで見過ごしていた「ベルリン」の部分だった。例えば19世紀から始まった独自国家建設を目指すシオニズム運動を、ドイツのユダヤ人はほとんど支持しなかったという。すでにドイツに生活の基盤があったからだ。それにもかかわらずホロコーストが起こり、多くのユダヤ人が犠牲になった。

 1948年のイスラエル建国の際にも、ドイツに残ることを選択したユダヤ人は多かった。その時も加害者の土地に残るとは屈辱的だと批判される。当然ながらユダヤ人も一枚岩ではない。ドイツとイスラエルのどちらにも完全には属せない、その緊張と諦念を展示からは感じた。

 そして特別展のテーマは何と「SEX」。中身は非常に真面目でユダヤ教の性に対する戒律と、現代社会の価値観はどう共存できるのか、というのが一つの問いかけである。

 例えば伝統的には、異性間の結婚におけるセックスのみを認めてきたユダヤ教で、LGBTQはどのように扱われるべきなのか。正統派ユダヤ教は男性に性的欲求をコントロールすることを期待してきたが現実問題として可能なのか。それらの問いがアート作品という形で展示されていた。

 目下、ドイツのイスラエルに対する世論は揺れている。ホロコーストへの贖罪意識もあり、政治家や知識人はイスラエル支持者が圧倒的に多かった。哲学者のマルクス・ガブリエルなどその筆頭だろう。一昔前ならシオニズム運動への批判さえユダヤ人差別と同一視される可能性もあり、タブーのようなものだった。だがイスラエルの攻撃が激化するにつれて、若い世代を中心にパレスチナにも共感を示す層が増えている。さらには反ユダヤ主義も広まり、落書きや放火未遂のような事件も起きている。イスラエル批判やパレスチナへの共感がユダヤ人差別につながってしまったのだ。

 この世界は時としてわれわれに二者択一を迫る。戦争はその最たる例だろう。だがどちらをも選べない人がいる。どちらにも正解がない時もある。勇み足で、安易にどちらかを選んでしまうことの怖さを博物館は教えている気がした。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2024年7月18日号掲載

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