物議を醸したドクター・キリコの「性別変更」はアリだった? テレ朝の勝負作「ブラック・ジャック」を考察

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 店内がなんだか茶色い喫茶店や、床も壁も油まみれの中華屋に必須のものがある。「ゴルゴ13」と「ブラック・ジャック」だ。全巻そろっていなくても、待ち時間の手持ち無沙汰を埋めてくれる。懐かしさと同時に色あせない奇抜な世界観を味わえる、なんて思うのは昭和生まれの残滓(ざんし)世代だけかな。

 手塚治虫の躍動感あふれる独特なキャラクターと、社会を憂える先見の明を実写化するのはなかなか難しいと思っていた。ピンとこないラインアップのドラマが多く、年寄りも若者も逃がしちゃって迷走中のテレ朝が、満を持して挑んだのが「ブラック・ジャック」(6月30日放送)。役者陣も脚本も人物デザインも一流&手練れを集めただけあって、満足度はかなり高かった。

 放送前から「ドクター・キリコが女」という一点だけツッコまれていたが、「男のキャラクターをなぜか若い女にする」のはテレビドラマ界の、いわば不治の病。男女比のお約束でもあるのか。特に人気のあるキャラを性別変更するなら、納得のいく理由と原作への敬意が必須だ。今回は、クライアントが獅子面病に苦しむ女性(松本まりか)で、外見にまつわる苦悩に寄り添うことがキリコに求められた。顔が変形した妻に萎える夫(宇野祥平)への絶望など、相談内容を考えれば性別変更もありだったと私は思う。

 それはともかく、4月期のテレ朝主演作でイマイチ浮かばれなかった高橋一生と松本まりかが本領発揮。

 一生はNHKで岸辺露伴という大役も独特のアレンジで成功させた。山崎賢人と並んで「漫画実写化の雄」と呼んでもいい。正直、キャラの顔立ちからはかけ離れているのに、違和感を凌駕して原作の世界観を確立させる。一生は現実の社会でもがくリアルな役を演じるのが秀逸だが、さらに幅と奥行きを広げているのを確認できてうれしい。また、まりかは特殊メークでも伝わる名演で、抑制の効いたけれん味が無二の適役だった。

 手塚キャラの妙をいいあんばいで配置したバランスも良かった。鷲鼻やヒゲや前髪などの特徴も強調し過ぎず、程よくアレンジ。逆に、そのさじ加減が「手塚治虫っぽい!」と思わせてくれた。特に味方良介、千葉哲也、山内圭哉、奥田瑛二が短い場面で醸し出した手塚感ね。

 ピノコ役の永尾柚乃も憎たらしさとかわいらしさが絶妙で、今しか演じられない当たり役をまっとうした。

 藤子・F・不二雄原作の、大人向けでシュールな短編はNHKがドラマ化して成功したし、こうなったらテレ朝は「オトナ向け手塚治虫」原作シリーズを2時間枠で作ってみてはどうか。いや、ぜいたくは言わん。「火の鳥」「ブッダ」「アドルフに告ぐ」などの超大作には手を出すな。Netflixにまかせとけ。社会や政治に対する毒と皮肉たっぷりで、結末が実に後味の悪い「アダルトSF・手塚治虫短編劇場」を。人気だけで実力は疑問のアイドルは起用せず、今回のBJ同様、全時代対応型の役者を集めてさ。井之脇海や早乙女太一は絶対いい仕事してくれるはず。妄想していたら、テレ朝にはできそうな気がしてきたよ。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2024年7月18日号掲載

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